パリオリンピック2024に向けて、セーヌ川再生の物語 川で泳ぐ競技は開催できる?
数十年に及ぶ河川の再生事業
セーヌ川の水質をめぐる潮目が変わったのは、1991年にEU(欧州連合)が水質汚染の主な原因である都市排水に関する法案を可決したときだ。 パリ首都圏の衛生当局は、下水道網の近代化に向けて大きな一歩を踏み出した。まず、首都圏の下水のうち、4分の3を処理するセーヌ・アヴァル下水処理場への大規模なインフラ投資などを行った。 その後、2015年にパリは「遊泳計画」を打ち出した。計画にはセーヌ川と支流のマルヌ川を浄化し、2024年のオリンピックまでにセーヌ川を泳げる川にするための具体策が盛り込まれた。これはオリンピック招致成功の決定打となった。 この計画で、これまで未処理のまま排水を川に流していた2万3000戸以上の住宅およびハウスボートが市の下水道につながれることになる。 「オリンピックのおかげで計画が加速しました」とラバダン氏は言う。「オリンピックがなかったら、おそらくあと10年はかかっていたでしょう」 浄化の効果は下流の都市部流域で実感されている。 「セーヌ川の状態が今はよくなっていることを知らない人がパリにはたくさんいます。『清流だ』とは言いませんが、水中にすむ生物にとっては健全な状態です」と、環境教育施設「メゾン・デ・ラ・ペッシュ・エ・デ・ラ・ネイチャー」ディレクターのサンドリーヌ・アルミライル氏は説明する。「私たちは水質を、何が生息しているかという観点で見ます。生息している種が多いほど、環境は健全です」 パリ郊外で育ったというアルミライル氏が子どもの頃は、わずか4種類の、いずれも汚染に強い種の魚しか生息できなかった。事実、1970年代まで、パリのセーヌ川下流は生物学的にはほぼ死滅した状態だった。現在は、36種の魚が生息している。 「すなわち、水質は大きく改善しています」と、アルミライル氏は力説する。 施設の水槽には、700本の歯を持ち、アルミライル氏が「川のサメ」と呼ぶ獰猛(どうもう)なカワカマスなど、現在セーヌ川に生息しているさまざまな種の魚が展示されている。施設では魚の産卵に必要な水際環境の再生にも取り組んでいるという。施設周辺の河岸にはカワセミのつがいが巣作りをする姿が見られる。セーヌ川に巣作りをしに戻ってくる鳥が増えていることを示す一例だ。