日本企業にブルー・オーシャン戦略が必要な3つの理由
■時代がブルー・オーシャン戦略に追いついた いまこそ日本のビジネスパーソン、経営者、起業家、そして変革を志すすべての方々に、ブルー・オーシャン戦略が届けられるべきだ。日本もついに、「既存ビジネスの枠組みを変える、革新的な事業創造」を求める時代に突入したからだ。その本質と実践への道標こそ、『ブルー・オーシャン戦略』にほかならない。 『ブルー・オーシャン戦略』の初版は2005年に刊行され、43カ国語で出版、世界で350万部を売り上げる大ベストセラーとなった。世界中のビジネスパーソンから絶大な支持を受けたのである。しかし興味深いことに、日本だけは初版はベストセラーにこそなったものの、その反響は他国と比べると落ち着いたものだった。 これは私の推測だが、おそらく当時の日本にブルー・オーシャン戦略は「少し早すぎた」のかもしれない。当時も日本企業に変革が必要だといわれてはいたが、その議論は表層的なものも多かった。話題になるのは、「経営統合」「業界再編」「リストラクチャリング」といった、既存ビジネスの枠組みから出ない、形だけの改革だった。 しかし、この10年で状況は一変した。いまやどこに行っても、求められるのは新しいビジネスモデルの創造であり、新しい顧客の開拓であり、既存ビジネスの枠組みを変えることである。これからの日本でこそ、ブルー・オーシャン戦略が求められるのだ。ここからは、その具体的な理由を3つ述べよう。 ■理由1: いま日本で注目されている事業・企業は、 軒並みブルー・オーシャン型である いま日本では、ブルー・オーシャン戦略と合致する事業・企業が続々と台頭してきている。 たとえば『ブルー・オーシャン戦略』の初版では、当時の日本の数少ないブルー・オーシャン企業の一つとしてQBハウスを紹介している。いまでもQBハウスは理容・美容業界の「枠組みを変えた」企業として注目を集めているが、本書は同社に10年以上前から着目していたのだ。とはいうものの、当時の日本ではほかにブルー・オーシャン事業・企業がそれほど見出されなかったのも事実だ。 しかしいまは違う。 大企業でも中小企業でも、「既存のビジネスの枠組みを変える」ための、さまざまな取り組みが行われている。革新的なビジネスモデルを抱えたスタートアップ企業も続々と出てきた。ハーバード大学経営大学院がケース分析の対象とする中にも、日本企業が増えてきているという。日本でも「枠組みを変える」動きが始まったのだ。 そしてその中には、ブルー・オーシャン戦略と合致する事業・企業が次々に現れている。これらの企業はブルー・オーシャン戦略の要である「メリハリのある戦略キャンバス」を持ち、「市場の境界を引き直して」躍進している。我々はこれらの企業がいかにして革新をもたらしているかの本質を理解し、その知見を自身のビジネスへの糧としなければならない。そのために、ブルー・オーシャン戦略を学ぶことが必要なのだ。 ■理由2: バリュー・イノベーションを起こすための、 実践的なアプローチが示されている 第2の理由は、日本企業でもバリュー・イノベーションの必要性が理解され始めたことにある。 先にも述べたように、以前からビジネスの革新を求めるかけ声は多くあった。従来、それは「イノベーション」という言葉で表現されてきた。 ここで問題なのが、「イノベーション=技術革新」という先入観が持たれてきたことだ。たとえば、一般にメディア等でイノベーション成果として注目されてきたのは、優れた技術を前提にしたメーカーの新製品だった。しかしそれらの大部分は、たいした成果を得られないまま数年すると消えていく。 なぜだろうか。その答えは、ビジネスで本質的に求められるのは、「バリュー・イノベーション」だからだ。顧客に新しい価値を提供し、新しい市場を切り開くことこそが真の革新だ(=すなわち、ブルー・オーシャン戦略そのものである)。技術はその一手段でしかない。しかし、「ものづくり」信仰の強い日本では、なかなか「顧客の価値づくり」への意識のシフトが起きなかった。 しかしこの重要性は、いよいよ日本のビジネスパーソンの間で理解され始めている。先ほど述べたように、多くの「既存の業界の枠組みを変える」ビジネスが台頭してきたのがその証左だ。他方で問題は、そのバリュー・イノベーションを起こす実践的なアプローチが示されてこなかったことだ。結果として、「ビジネスモデル・イノベーション」「顧客志向」などといった、バズワードだけが流布してきた。 これに対してブルー・オーシャン戦略は、あくまで実践にこだわっている。だからこそバリュー・イノベーションの道標となるのだ。では「ブルー・オーシャン戦略をより実践的にするためにはどうすればよいか」という読者からの疑問に答えるために、『[新版]ブルー・オーシャン戦略』で第9章、第10章、第11章が追加されているのも、それが理由だ。 実際、ブルー・オーシャン戦略の提唱者であり本書の著者であるチャン・キム教授とレネ・モボルニュ教授は、「強固なアカデミックな背景を持ったうえで、あくまで実践を重視する経営学者」だ。両教授は「経営思想界のアカデミー賞」ともいわれるThinkers50で第2位※1に位置づけられるほどのビジネス思想家であり、実践家である。この学術・実務両面の裏付けがあるからこそ、ブルー・オーシャン戦略は世界中で支持されてきたのだろう。 したがってブルー・オーシャン戦略の基本フレームワークは、実にシンプルだ。シンプルだからこそ、さまざまな事例に応用が利くのだ。 なかでも柱となるのが、価値曲線(バリュー・カーブ)を使った「メリハリのある戦略キャンバス」を描くことである。この最大のポイントは、既存業界で一般に重視される価値要素の「何かを取り除く・減らす」「何かを創造する・増やす」ことだ。そしてもう一つが、「市場の境界を引き直す」アプローチである。ブルー・オーシャンで重視されるのは既存顧客ではなく、その周辺にある潜在顧客市場を切り開くことだからだ。 ■理由3: これからの不確実性の時代を切り開くのは、 ブルー・オーシャン戦略である 最後に、もう一点付け加えたい。 私が最も好きな論文の一つに、メリーランド大学のヒュー・コートニー教授が1997年に『ハーバード・ビジネス・レビュー』に発表した、“Strategy Under Uncertainty”という実務家向け論文がある※2。現代は不確実性の時代と呼ばれる。他方で「不確実性」という言葉は、正確な定義がないまま使われることがほとんどだ。それに対してコートニーは、ビジネスパーソンが直面する不確実性には4つの段階(レベル)があると論じた。 第1のレベルは、ほぼ将来が予見できる状態である。第2のレベルは、将来の完全な予見はできないが、「おおむねこうなるだろう」というシナリオが複数に絞られる場合だ。第3のレベルは、シナリオには絞り込めないが、ある程度の確率と振れ幅で事業環境の変化が予見できる場合である。 それに対して第4の、最も不確実性の高いレベル(True Ambiguity)とは、「不確実性が事業環境の多様な範囲にわたるため、将来を予見するための拠り所すらない状況」をさす。そしてこの最高次の不確実性下で求められる企業の姿勢を、コートニーは以下のように述べる。 (Paradoxically,)even though level 4 situations contain the greatest uncertainty, they may offer higher returns and involve lower risks for companies seeking to shape the market than situations in either level 2 or 3.レベル4の状況が最も大きな不確実性を抱えているにもかかわらず、逆にこの状況は、「市場を形づくる」企業にとっては、低いリスクで高いリターンを得る機会となりうる。(筆者訳) コートニーは同論文で、この「市場を形づくる」企業のことをシェイパー(Shaper)と呼んでいる。不確実性が極度に高いときは、事業環境の変化を待ってから行動を起こす「受け身の戦略」は機能しない。むしろみずからが積極的に市場を形づくり、他社を寄せつけない革新を起こすことでこそ高いリターンが得られる、という主張である。まさに、ブルー・オーシャン戦略が提示する「市場の境界を引き直して、新たな市場を創造する」ことと同義なのだ。 現在の日本は、長引いた不況からの脱却、グローバル化、規制緩和、IT技術の進展、少子高齢化への対応、女性の社会進出、若い起業家の台頭など、いよいよ大きな変化が起きつつある。逆にいえば、これからの日本のビジネス環境は非常に見通しが難しい。まさに、「レベル4」の不確実性に近づきつつある。そしてこの時代に求められるのは、みずからが新しい市場を切り開く、シェイパーすなわちブルー・オーシャン企業なのだ。だからこそいま日本で、さまざまなブルー・オーシャン候補企業が台頭しつつあるのだろう。 みなさんがブルー・オーシャン戦略の真髄を読み取ることで、市場を切り開く「シェイパー」が日本でさらに多く生まれることを、私は強く願う。ついに時代が、ブルー・オーシャン戦略に追いついたのである。 ※1 2015年刊行当時。2019年第1位、2021年第3位、2023年第5位。 ※2 Hugh Courtney, Jane Kirkland, and Patrick Viguerie. 1997. “Strategy Under Uncertainty,” Harvard Business Review, November-December, 67-79(「[新訳]不確実性時代の戦略思考」『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2009年7月号)。
入山 章栄