医療用の幻覚剤が解禁間近か、独自に合法化した州も、米FDAが夏にも判断の可能性
カナダやオーストラリアではすでに使用、PTSDや不安障害、うつ病などで試験が進行中
セーリッシュ・サヤニさんは、母親が急死したあと、10年以上にわたって心的外傷後ストレス障害(PTSD)に悩まされてきた。年月がたつにつれて、激しいパニック発作は治まってきたが、絶えず続く過覚醒、いつ起きるかわからない発作、断続的な浅い睡眠といった症状と日常的につきあうことを余儀なくされた。 ギャラリー:現実味を帯びる「幻覚剤療法」、専門家の育成が急務に、米国 写真6点 サヤニさんは3年前に友人から、合成麻薬のMDMA(3,4-メチレンジオキシメタンフェタミン)を使った「幻覚剤療法」について聞いた。ネットで調べてみたところ、MDMAとプラセボ(偽薬)を比較する臨床試験(治験)の参加資格を満たしていることがわかった。サヤニさんは、この治験の一環として、集中的な心理療法と併せて、院内で錠剤を投与する3回の治療を受けた。 10年前であれば、このような治験は難しかっただろう。別名「エクスタシー」や「モリー」とも呼ばれるMDMAなどの幻覚作用を持つ薬物の所持には、米麻薬取締局(DEA)の分類に従った厳しい刑事罰が科されている。こうした幻覚剤は、「現在、医学的な用途は認められておらず、乱用される可能性が高い」とされ、最も厳しく制限される「スケジュール1」に分類されている(編注:日本でもMDMAなどの幻覚剤は麻薬及び向精神薬取締法で規制されている)。 この点は現在も変わっていないが、2023年12月、米ライコス・セラピューティクス(旧称MAPS公益法人)が米食品医薬品局(FDA)に対し、MDMAをPTSDの治療薬として評価するよう求める申請を行った。マジックマッシュルームの有効成分である「シロシビン」を合成したものについても、数年後に同様の申請を行う予定だという。 MDMAもシロシビンも、承認されればDEAの分類が改められることになり、医師が幻覚剤を用いた心理療法を行えるようになる。具体的には、幻覚剤を用いた1回または数回の治療とともに、その前後数日間、あるいは数週間にわたって会話療法を行う(2022年以降、特例により、PTSDに悩む一部の人がMDMA療法を受けられるようになっている)。 サヤニさんは治験を受けたが、わずかに気分がよくなったものの、劇的な変化はなかった。治験の6カ月後、投与されたのはプラセボだったことが明かされたが、本物の幻覚剤を使う治療を3回受けられることを告げられた。 薬の影響下にある間、サヤニさんはセラピストとは話さず、ずっと考えを巡らせていた。薬物療法後の最後の診察が行われるころには、かなり状態は変わっていた。 「治療によって、まったく違う見方ができるようになりました」とサヤニさんは言う。「これまでの見方に幕が下りて、トラウマ体験をありのままに見ることができたのです」。母親の死の瞬間に戻り、これまでにない形で自分の感情と向き合うことで、PTSDが長らく感じることを妨げていた悲しみを消化できた。 それから9カ月がたった今、サヤニさんは幸せな生活を送っている。よく眠れるようになり、冷静な状態を保てるようになった。「ブリーカー」という名前の愛犬を連れて散歩しているとき、車が接近してきても、極度の不安に陥ることはなくなった。サヤニさんは、PTSDに悩むほかの人も、この薬があれば恩恵を受けられると確信している。