「幻の戦車」を求めて 男たちはなぜ湖底を探すのか?
戦車探索の発端は亡き父の一言だった
「幻の戦車」をめぐっては、2つのプロジェクトが動いていた。1つ目は中日新聞のスクープ記事が出た1999年に、軍事マニアを中心に盛り上がった「四式戦車を引き揚げる会」の運動。もう一つは、2012年に猪鼻湖の地元地域の若手有志がスタートさせた「『幻の戦車』調査プロジェクト」だ。 前者の「四式戦車を引き揚げる会」は、文字通り戦車の引き揚げを目指したものの、目立った成果が出ないまま、活動を停止していた。私はまず、後者の「『幻の戦車』調査プロジェクト」に当たってみることにした。 このプロジェクトは、猪鼻湖を囲む浜松市三ヶ日地区(旧三ヶ日町)の若手らでつくる団体「スマッペ」が主催している。事務局長で食品会社を営む中村健二さん(55歳)に6月19日、詳しい話を聞くことができた。 「三ヶ日を舞台にした短編映画『がんばりますかっ!』の雑談シーンが最初だったんです。脚本には私も協力したのですが、登場人物が『あっ、湖に戦車が沈んでんじゃん。それをつり上げたい』と語る台詞が入っていました。この映画を、戦車に詳しい御殿場市の自動車整備会社カマドの小林雅彦社長が見て、『本当に引き揚げるんですか?』と、問い合わせが来たんです。もちろん、そんな予定はないので、びっくりしましたね」 こうして中村さんは、2012年の4月ごろに小林社長とともに猪鼻湖での聞き取り調査を実施した。小林社長の説明で中村さんは、湖底に沈んでいるのが「チト」という日本で2両しか造られなかった戦車だと初めて知ったという。 中村さんは「これは三ヶ日の街起こし」になると直感。「地元の歴史を次世代に残すには今しかない」と「『幻の戦車』調査プロジェクト」を開始することになった。 2012年11月の初調査では船を出して、湖底を鉄パイプで突いた。その後は、ソナーや潜水夫による写真撮影を続けている。2014年12月にはクラウドファンディングで集めた450万円の資金で磁気調査を実施した。だが、戦車は発見できなかった。 「最初はすぐに見つかるだろうと思っていましたが、そんなに甘いものではなかった。戦後、みかん畑から土砂が流出した影響で、湖底には3メートル以上ものヘドロが堆積しています。その底にすっぽり埋まっているようなんです」 それでも中村さんは、戦車探しを諦めていない。それには個人的な理由があった。そもそも戦車のエピソードを映画に入れたのも、中村さんが子どものころ、猪鼻湖の吊り橋の上で『健二、ここから飛び込め。戦車が見れるぞ』と、父親が言ったことを覚えていたからだった。中村さんは遠い目で次のように話した。 「生前の父とは全く反りが合わずに口論ばかりしていました。でも、亡くなってから、父は三ヶ日の町の人を非常に気にかけていたことを知りました。町の年配の方々が、息子の僕のことを応援してくれたんです。戦車探しをするのも、ある意味では父への恩返しです。父の言葉をきっかけにして戦車を発見して、三ヶ日を盛り上げることができたなら、亡くなった父に『あんたのお陰だ』と酒を酌み交わせるような気がするんですよ」