「幻の戦車」を求めて 男たちはなぜ湖底を探すのか?
「50~60メートル進んだあたりでガツンって音がした」
猫は私とじゃれるのに飽きたのか、いつのまにか姿を消していた。気を取り直して、周辺住民に聞き込みを始めることにした。 瀬戸の近くにレンタカーを駐車し、目の前を歩いていた高齢の女性に声をかけてみた。「すいません、沈んだ戦車のことを調べに来たんですが…」。「ああ、それならうちの旦那が沈めるところ見たよ」。まさか、いきなり目撃者に当たるとは。夫の二橋瑞江(にはし・みずえ)さん(94歳)の話は、こうだった。 「俺は当時24歳だったかな。肺を悪くしていたので戦争には行かず軍需工場で働いていたんだ。終戦直後のある日、うちの前に3両の戦車が止まってバッテリーを外してから、湖に向かってズザーっと沈んでいった。兵隊から『お前も一緒に乗っていくか?』と声かけられたけど、怖いから断ったんだ」。 当時の目撃者はもう一人いると聞き、湖岸にある二橋敦之(にはし・あつし)さん(85歳)の家に向かった。先ほどの夫妻と同姓だが、この地域に多い名字で、血縁はないという。地元小学校の校長などを歴任した人物だ。 「当時、僕は15歳だったんだが、たしかに3両の戦車が瀬戸の海岸に入ってきて、湖の中に沈んでいった。1両は小さかったけど、浅いところに沈んだので、そのあとも見えていたよ。戦後しばらくしてからスクラップ業者みたいな人が解体して持っていったらしい。もう2両は瀬戸の深いところに入ったので、全然見えなくなったね。50~60メートル進んだあたりでガツンって鈍い音がして泡が出てきたんで、『あそこまで進んだ』というのが分かった」 当時、戦車を沈めるところを見たのは、この集落の住民だけ。しかも戦後70年を経たことで、目撃者はこの2人しか残っていないという。「チトという戦車だと当時から知っていた?」と尋ねると、2人とも首を横に振った。ともあれ、戦車が沈められたのは間違いない。貴重な証言を聞くことができた。