「普通すぎる歌しか詠めなかったAI」に、俵万智さんの歌を学習させた「驚きの結果」
令和の世で、空前のブームとなっている「短歌」。 そしてもはや私たちの日常にも深く入り込んでいる「AI」。 【写真】ウィキペディアによる「擬似的な短歌」の学習データでAIは短歌をどう詠むか 感情を持っていないはずのAIが、どうやって、まるで人のように短歌を詠めるようになるのか? そこで見えてきたAIと人との幸福な関係性とは? ーー〈短歌AI〉の開発に心血を注いできた気鋭の研究者・浦川通氏がわかりやすく解説する。 本記事では、〈ウィキペディアから集めた「擬似的な短歌」の学習データで、AIは短歌をどう詠むのか? 〉にひきつづき、AIが俵万智さんの短歌を学んだ結果、どのような歌を詠むようになったのかみていく。 ※本記事は講談社現代新書の新刊『AIは短歌をどう詠むか』から抜粋・編集したものです。
俵万智さんの歌を学習したAI
『AIは短歌をどう詠むか』第1章でも述べたように、先ほどの〈短歌AI〉を一人で試作して、ただただ面白いな、と遊んでいる頃、朝日新聞社では、朝日歌壇を担当する文化部が「テクノロジーを使った新たな企画」を欲しているという動きがありました。 当時、朝日歌壇はハガキによる投稿のみを受け付けていたのですが、いわゆるDX(デジタルトランスフォーメーション。情報技術を使って、サービスや業務に変革をもたらすこと、だと私は思っています)企画の一環で、電子化とそれに付随した企画を模索していたのです(なお、2024年4月からウェブ投稿が始まりました)。 そこで、ある日打ち合わせを持ち、〈短歌AI〉のデモンストレーションを見せることになりました。するとこれを面白がってもらい、さらに、ちょうどその頃に俵万智さんが朝日賞(2021年度)を受賞されたことをきっかけに、俵さんにAIと短歌に関する企画について相談することとなったのです。 俵万智さんは、「日本でいちばんよく知られた歌人」と言って、「いや、そうかしら」と言う人はないかと思います。「そうだったのか!」とびっくりする人もいないでしょう。 そんな俵さんが「AIと短歌」に興味がある、ということで、突然にそう大きな話になることはないかと思っていたのですが、さっそく打ち合わせの機会を持つことになりました。 当日。新型コロナウイルスの流行による自粛期間で、オンライン会議だったのですが、始まる前から落ち着かず、少し前に短歌をつくり始めた自分が、俵さんと話すこと自体、現実感も薄いような気がして、どうしようかと考えていました。ここは開き直るしかないか、と、「今日がここ十年でいちばん緊張しています」と告白してからの開始となった打ち合わせでしたが、ご本人に〈短歌AI〉をお見せするととても興味を持っていただき、なんとそれまで出されている全歌集を学習データとしてご提供いただけることになったのです。 俵さんの歌は、第一歌集の『サラダ記念日』から第六歌集『未来のサイズ』まで、全6冊の歌集に収められた作品だけでも2300首あまりありました。これを「データ」として、擬似短歌を学んだ先ほどの短歌AIをさらに学習させることで、〈ほんとうの短歌を学習したAI〉が誕生しました。 早速ですが、実際の生成を見ていきましょう。以下は、2021年の3月、築地の朝日新聞社にて文化部とともに行った取材で生成したものです。それまでオンラインでやりとりしていた俵さんと実際にお会いする、初めての機会でした。なお、取材では俵さんのデータを学習したAIを〈万智さんAI〉と呼ぶこととしました。以降、擬似短歌だけを学んだAIを〈短歌AI〉として、それぞれを分けて書いていきます。 ---------- 入力 二週間前に赤本注文す 生成(万智さんAI) この本のこときっと息子は 父は病気のことを書かねば ---------- いかがでしょうか。ここでは、取材時に俵さんが推敲されていた歌の上の句「二週間前に赤本注文す」(2023年刊行の第七歌集『アボカドの種』に「二週間前に赤本注文す息子は大物なのかもしれず」として収録)という入力に対して、それに続く内容が〈万智さんAI〉の生成結果になっています。俵さんの歌には息子さんを歌ったものが多いのですが、まさに「息子」と生成していて、それがうまく現れているのがわかります。また「父」「書かねば」といった語彙や表現にも、これまでの生成にはなかった、俵さんらしさが感じられるのではないでしょうか。 ではここで、同じ入力に対する〈短歌AI〉の生成を見てみます。 ---------- 入力 二週間前に赤本注文す 生成(短歌AI) だが発送が遅れたりなど さきに青本注文すすむ ---------- 先ほども見たような、「普通な」短歌を生成していることがおわかりいただけるでしょう。「赤本を注文したけど、発送が遅れる」「さきに青本の注文がすすむ」……これではあまりにも報告的、と言いますか、普通すぎる内容で、短歌の言葉から遠い、と誰しもが感じるのではないでしょうか。学習するデータが「ほんとうの短歌」になることで、言語モデルの生成も大きく姿を変えることが実感いただけたかと思います。 次に示す例も、実際に俵さんが当時つくりかけていた短歌の上の句を入力して得られた生成です。与えられた内容から上手く下の句を生んだ結果に、俵さんご本人も「これはやられた」と驚かれていました。 ---------- 入力 一人称あまり使わぬ日本語に 生成(万智さんAI) 君の心を隠しているか ---------- 俵さんはこの生成を見て、「一人称を使わないというのは、心を隠していることかもしれない」と感想を述べられました。確かに、人間が読んで「上手い」と感じられる生成と言えるでしょう。 他にも〈万智さんAI〉の生成を見てみます。ここでは、俵さんの歌の一部(上の句)を入力として、そこからどんな結果が得られるかを示していきます。 ---------- 入力 「この味がいいね」と君が言ったから (「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日/第一歌集『サラダ記念日』) 生成(万智さんAI) ほぐせば今日はつるりと世界 我を愛せよ二本のパンで いいねの道を呼びこまれてる おまえの手紙を摘む昼下がり だるさ見ており「母さん」として 君の言いたいもの青い花 電話をなくせないバスに乗り 空、青になる朝 平和あり 生きて命と言うように飲む ここは寂しい海に似ている ---------- 「つるりと世界」「手紙を摘む」といった表現からは、擬似的な短歌を学習した短歌AIにはなかった言葉の組み合わせを感じることができるでしょう。また、「『母さん』として」の生成からは、母としての目線から詠まれた歌の多い「俵さんらしさ」を感じます。さらに「朝 平和あり」では、短歌の中で空白を用いる「一字空け」と呼ばれる技法を使っているようです。「ほんとうの短歌」らしい表現を、モデルが上手く掴んでいると感じます。 ---------- 入力 「寒いね」と話しかければ「寒いね」と (「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ/第一歌集『サラダ記念日』) 生成(万智さんAI) 言われたような言の葉がある 答えるような水仙の花 言の葉島の声を知らぬまま 言の葉の香りつかむ夕べ 紙を拾える公園の花 呼ばれてみたき三百六十五秒 煮つめられたようなオレンジ 呼ぶほど思えば言の葉がある 答えし我が言葉をさがす 言うためにある言葉の予感 ---------- この生成では、「言の葉」や「言葉」といった語が目立ちます。これは、入力に与えられた会話表現に注目して得られたもののように感じます。「三百六十五秒」と、時間や空間に対する具体的な表現を用いている点も、とても短歌らしい生成と言えるのではないでしょうか。 ---------- 入力 四万十(しまんと)に光の粒をまきながら (四万十に光の粒をまきながら川面をなでる風の手のひら/第二歌集『かぜのてのひら』) 生成(万智さんAI) 眠る夜に眠れるゆえの 風吹いてもゆらゆらの時間 君を愛す時間、コケのぼりゆく ゆく昼下がり今日のため見る 立つ朝の朝、吾は見ており 風を切り取る君の口づけ 光を曲げる朝 いっせいに 何かにぬるきを君は味わう 君のゆく町を待とうと思う 見えてくるなり君への手紙 ---------- 「君」は、短歌では敬愛を寄せる相手に呼びかけるという特別な意味を持った言葉です。この生成では、「君」を含む短歌が多く得られました。これも〈万智さんAI〉が獲得した「短歌らしさ」と言えるでしょう。 ---------- 入力 バンザイの姿勢で眠りいる吾子よ (バンザイの姿勢で眠りいる吾子よ そうだバンザイ生まれてバンザイ/第四歌集『プーさんの鼻』) 生成(万智さんAI) 生まれるものを語りはじめる 立ちのぼりくる君の十年 「友だち」という言葉のポーズ 「好き」と思えば「いい」と思えり 生まれ出るもの立ちのぼりくる 「いいんだ」という言葉の向こう いとおしむような何かを思う 「ありがとう」という言葉の輪郭 「好き」と思えり「好き」と思えり 「落ちつきなさい」という語残して ---------- この生成では、「 」(かぎ括弧)を使った表現が多くみられます。俵さんは、短歌に会話を取り入れそれまでにない新たなスタイルを表した歌人の一人です。言語モデルの生成を見ることで、私たちが積み上げてきている短歌の歴史までをも体感することができます。