65mmセンサー搭載シネマカメラから“AIの台頭”まで。Inter BEE 2024から見えたトレンド
■ 大幅に規模拡大したInterBEE 国内最大の映像・放送機材展であるInterBEEは、今年60周年を迎えた。2010年代から次第に失速感があったが、コロナ禍を経て徐々に復活。今年は幕張メッセのホール2からホール8まで、つまり使わないのはホール1だけという巨大展示となった。 【画像】InterBEE Cinemaコーナーも盛況 例年数字の若いホールは音響機器が中心になるので、あまり人が来ない印象があったが、今年はホール3にInterBEE Cinemaと銘打って、シネマ系レンズや機材を集めた特設ブースが登場した事で、会場全体にまんべんなく人が回る、いい展示だったと思う。 さて今年も沢山の新製品が登場しており、とてもすべてを押さえられるわけではないが、ここでは放送にこだわらず業務やネットの動画配信まで含めて、今後注目しておきたい製品やソリューションをご紹介していきたい。 ■ AIでPTZカメラを超絶進化させるキヤノン キヤノンの目玉と言えばEOS RシリーズやEOS Cinema、そしてRFレンズなどカメラの話題には事欠かないところだが、InterBEEで大きくフィーチャーされていたのはむしろソフト開発力である。 ブース正面でデモされていたのは、開発中の「マルチカメラオーケストレーション」というソリューション。すでにAIを使ってPTZカメラが人物を追うというのは当然というところまで来ているが、その技術を組み合わせ、人が操作するカメラとPTZカメラがコラボレーションする。 例えばABC 3人の演者がいたとして、人が動かすメインカメラが人物Aを捉えていたとすると、他のPTZカメラは自動的にBとCを追う。メインカメラがBを捉えたら、それまでBを捉えていたPTZカメラは代わってAを追う、といったことができる。 もちろん追い方のパターンは自由に組むことができ、例えばメインカメラがズームすれば合わせてズームするとか、逆に引き絵を撮るといったプログラムにその場で切り替えることができる。 スタジオ情報番組などでは、キャスターやアシスタント、コメンテータの配置などは事前に決まっており、カメラワークも定番のものが求められる。これまではカメラマンが阿吽の呼吸で操作していたり、スタジオサブからの指示で動いていたわけだが、今後はカメラマン1人いれば済むようになる。技術者が不足する地方局ではいますぐほしいソリューションだろう。 現在鋭意開発中だが、すでに問題なく動作しているデモを拝見することができた。おそらく来年以降の登場になるだろう。 ■ 放送向けシフトが始まったパナソニック「KAIROS」 大規模ソフトウェアスイッチャー「KAIROS」は、IPに強いということでこれまでは大・中規模ネット配信系事業やイベント事業で主に使われてきたが、昨今は地方局の機材更新にともない、スタジオサブをKAIROSでIP化するという事例が増えてきている。 そうした動きに対応して、オンプレミス版KAIROSの新モデルとして、KAIROS Core 「AT-KC200TL1」が投入される。これはネットワーク系の入力を減らして、代わりにSDI入出力カードを3枚標準実装(オプションでもう1枚増設可)し、メインをSDIに、サブでネットワーク回線に対応したモデル。 以前はこうした実装が当たり前だったが、KAIROSの場合は先にネットワークーI/Oからスタートしているので、既存システム向けに逆向きに走り出した格好だ。今後IPソースが増えれば基盤を入れ替えてネットワークを増やすなど、今と将来をブリッジするためのパッケージとも言える。 1台のKAIROS Coreで2部屋分のサブ運用もできるということで、コントロール系も充実させた。1つはタッチパネル型UIで、マルチ画面になっているソース画面をタッチすることでスイッチングが可能だ。これならディレクタークラスでも操作できるだろう。 もう一つはパナソニック純正よりもさらに小型パネルが欲しいというニーズに応えて、新たにSKAAHOJ社の1MEパネルとも連携できるようになった。ボタン設定などはKAIROS Creator側から設定できるので、純正パネルと変わらないオペレーションが可能。 クラウド版KAIROSについても、他社製SRT伝送装置と組み合わせたり、テレビ朝日クリエイト製のテロップシステムに対応したりと、クラウドならではの他社連携を進めている。 また将来的な対応として、編集ツールのGlassValley EDIUSとの連携も検討されている。EIDUSは報道・スポーツ系でよく採用されているので、テンポラリ的なイベント中継システムであっても編集まで連携できるように検討していくということだろう。 ■ いよいよオンエア向けに展開が始まる「Hawk-Eye」 スポーツに詳しい人なら、「Hawk-Eye」の名前を知らない人はいないだろう。ゴール前やライン際など際どい判定の際に、いわゆるVAR判定に使われるシステムである。日本では2022年の「三笘の1mm」で有名になった。もともとはイギリスの会社だが、2011年にソニーが買収し、現在はソニー傘下企業となっている。 判定補助システムとして、問題の箇所に素早く戻り、多彩な角度からのスローリプレイ、ジョグ再生などを提供してきたわけだが、それらの映像がオンエアに出ることはない。 今回参考展示された「HawkREPLAY」は、このVARで培われた技術を使って、放送用のスローリプレイサーバーを作ってみた、という話である。判定向けシステムとは別で動くという物だ。 現在のVARシステムでは、選手の位置情報と骨格データからプレイをCGで即時再現するといった技術まで搭載されている。そうした映像も放送で使いたいというニーズは当然出てくる。今まさにVAR判定中というタイミングで、視聴者にも審判が見ているのと同じようなスローリプレイ映像が提供できるのは大きい。 Hawk-Eyeで開発した専用コントローラも準備されている。リプレイで出したカットは別途再利用するために自動的に編集サーバに送られるなど、放送を意識した作りになっているのも特徴の一つだ。 まだ発売日も価格も決まっていない状況だが、スポーツ分野では相当名前も売れていることもあり、注目度は高い。 ■ すっかりカメラメーカーに?! BlackMagic DesignのURSAシリーズ スイッチャー製品やDavinci Resolveなどのポストプロダクション向け製品を数多く輩出しているBlackMagic Designだが、今年はカメラ製品で面白いものを持ってきた。 「URSA Cine 17K 65」は、解像度17,520×8,040ピクセルとなる65mm中判センサーを搭載したシネマカメラ。レンズマウントはLPLおよびHasselbladマウントで、会場内には2台の実動実機が展示されていた。 カメラの右側、通常はカメラマンと逆側になるので何もない部分だが、こちら側にもディスプレイおよびメニュー操作可能なボタン類を設けており、あらゆる方向からの操作が可能になっている。もちろん左側にはカメラマン用に展開型のディスプレイを備えている。シネマ用ではあるが、担げるようにショルダーマウントも備えている。価格は4,948,000円で、年内出荷開始予定。 一方モック展示ではあるが、ハイエンド市場向けに規格化されたApple Immersive Videoフォーマットに対応するステレオカメラ、「URSA Cine Immersive」も展示された。ボディ部の設計はURSA Cine 17K 65と似ており、センサーも同じだと聞いている。デュアルレンズは自社開発。 価格は未定だが、「URSA Cine 17K 65」よりは高くなる見込み。発売は年度内出荷開始を目指しているという。 なお iPhone 15 Pro と iPhone 15 Pro Maxで撮影に対応したSpatial Video(空間ビデオ)フォーマットに関しては、11月12日に公開されたDaVinci Resolve 19.1で編集をサポートした。 また11月14日に公開された「Apple FinalCut Pro 11」でもサポートした。DaVinci ResolveのApple Immersive Video対応版は、年内にはリリースされる見込み。 ■ もはやほとんどソフトウェア企業と化したGlass Valley スイッチャーメーカーとしては世界最大手だったGlass Valleyも、昨今はすっかりクラウド型映像制作ソリューション「AMPP」が主体となり、もはやソフトウェア企業に変貌した。 日本でも採用が増えているところだが、現在の開発拠点はマレーシアがメインとなっている。またサポートはマレーシアとポーランドで、時差を利用して24時間対応でおこなっているという。ただし残念ながら、英語ベースである。 一方AMPPには、サポート用AIチャット機能「AMPP Assist」が搭載された。ここでは日本語にも対応しているので、英語で連絡するのはダルいと思っているかたには朗報であろう。 日本の神戸で開発されているのが、編集ツールのEDIUSだ。ブースでは新ターンキーとなる「HDWS X1」が展示された。 EDIUS本体としては、バージョン11の機能を中心に展示されていた。新機能の「オートカラーコレクション」は、タイムライン上のクリップに対し、自動的に適切な色味やダイナミックレンジになるよう調整する機能だ。クリップがBT.709でも2020でも自動で判別する。 Logで撮られたなら対応するLUTを当てれば済む話だが、単にホワイトバランスが壊れたような映像を正しく補正するにはそこそこの技術が必要になる。それを1発で補正できるのは、時間がない現場では重宝するだろう。さらにそこから細かいカラー調整に移れる。 またEDIUSと並行して開発が進められている素材管理ツールの「Mync」は、新たにストーリーボード形式での映像編集機能が追加されている。いわゆる「粗編」に相当する機能だ。編集結果は、EDIUSに渡すことができる。これまでは編集前の素材仕分けやクリップ選択といったところまでだったが、本番編集前に粗編できることで、より具体的に感性イメージを編集者に伝えることができるようになった。 また今後の対応予定として、XDCAMやXAVCなどのフォーマットに対し、一部分だけをスポッとはめ変える「Fast Replace Export」が搭載予定となっている。例えば60分番組でテロップ1枚だけ差し替えとなった時でも、これまでは660分全部をレンダリングして新しくファイルを作らなければならなかった。だが「Fast Replace Export」では、元のファイルに対してその部分だけレンダリングし直した物をはめ変えるため、修正に時間がかからない。 同様の機能は既にさくら映機の「ALBA e Medico」で実用化されている。さくら映機とEDIUS開発チームは、元々はカノープスで同じ会社であったというところが面白い。 ■ ようやく登場した国産Dante AV伝送機 音声のマルチトラックIP伝送規格として国内外でよく使われているのが、Danteである。それの映像も一緒に遅れる規格として、「Dante AV」の名前を聞いたのは今から3年ほど前だっただろうか。AV Over IPの世界ではエポックメイキングな話なのでぜひ取材したかったのだが、日本に詳しいメーカーがどこにもなく断念した記憶がある。 そして今年、国内メーカーとしては初めてADTECHNOが、Dante AVに対応したエンコーダ/デコーダを発表した。「DAV-01ST」と「DAV-01SR」である。STがトランスミッタ、SRがレシーバーだ。 Dante AVにはエディションとしてDante AV-H、Dante AV-A、Dante AV-Ultraの3エディションがあり、順にハイエンドとなっていく。ADTECHNOが開発したのはDante AV-Ultra用だ。12G SDIおよびHDMIに対応し、1GbEネットワーク上で最大4K60P/4:4:4の映像と最大8チャンネルの音声が伝送できる。驚くべきはその遅延量で、なんと1フレーム以下となっている。 またレシーバ側は12G SDIとHDMIをそれぞれ2系統備えており、全部から同時に映像が出せるので、分配器としても使える。加えてレシーバ側からのリクエストで、ルーティングされている複数の映像ソースのどれを取るかを選択できるので、1対1接続に限らない多彩なネットワーキングが可能になる。 Dante AV-Ultraのエンコーダ/デコーダは昨年には既にAJAが製品化していたが、国産メーカー製品も出てきたことで、普及に弾みがつくものと思われる。 ■ 総論 今年のInterBEEは、映像と音声に限らずソリューション別に多彩な切り口で展示が行われ、まさに映像と音声に関することならここにくれば何らかの収穫があるといった展示になっていた。来場者も非常に多く、こうした光景を見たのは4Kが登場した時代以来なのではないかと思われた。 それを支えたのが、IPの本格化だ。「やるところは先にやってる」から、「IPは当然」に意識が変わってきたことで、IP化が第2ラウンドに入ったことを感じさせる。 またAIの台頭の見逃せないところだ。特にPTZカメラのコントロールは、単に人を認識して追うだけでなく、映像として綺麗に収まる構図やサイズまで指定できるのはもう当たり前。遠隔で人が操作するような利用方法とは違う、別の用途が生まれている。 加えて今年は、ソフトウェアパワーが爆発した年とも言える。これまでハードウェアでやっていたものがことごとくソフトウェア化し、ハードウェアと言えるものはもはやカメラとIPスイッチぐらいになりつつある。 実際に見てみないとわからないのは、ハードウェアよりもソフトウェアではないだろうか。大規模スタジオシステムを組んで動かしたり、他社製品と連携した状態が見られるのは、こうした展示会しかチャンスがない。それを見に来るだけでも価値がある。 業界の進み方が、急加速し始めた。来年どうなるのか、今から楽しみである。
AV Watch,小寺 信良