「商業的価値が低いため、あまり栽培されていない」エンドウ豆からできた「ジン」が世界中で注目のなぜ 仕掛け人は女性醸造家、蒸溜法は無償で公開も
■驚くほどなめらかな口当たり このNàdarの開発は、環境に配慮したスピリッツ造りの新境地を開いたとして、イギリス・ガーディアン紙やアメリカ『フォーブス』誌をはじめ、欧米のメディアで大きく取り上げられた。 実際の飲み心地はというと、ジンもウォッカも驚くほどなめらかな口当たり。現地ではサラダなどに使われるエンドウ豆の葉の風味が感じられ、これまでにない不思議な味わいだ。飲食業界での評価は高く、今年6月にはジンとウォッカの両方が、アメリカのバーテンダー・スピリッツ・アワードで金メダルを獲得した。
この実験的なスピリッツ造りの仕掛け人は、マスターディスティラー(主任蒸溜士)のカースティ・ブラック氏。世界でもまだ数少ない女性蒸溜家である。 エディンバラ大学で植物科学を学び、エディンバラのヘリオット・ワット大学国際醸造蒸溜研究所で修士号を取得したブラック氏は、アービキー蒸溜所の立ち上げを一から監修した人物である。それは修士課程に在学中のことだった。 同級生だったチリ出身のクリスチャン・ぺレス氏をシニアディスティラー(上級蒸溜士)にスカウトし、伝統を尊重しながらも、型にはまらない画期的なスピリッツ造りを展開している。
■エンドウ豆で質の高いスピリッツを クライメートポジティブなジンとウォッカは、ブラック氏の博士課程の研究テーマだった。 蒸溜所での仕事と並行しながら、近隣の都市ダンディーにあるアバーテイ大学の発酵学専門家グレーム・ウォーカー教授と、ジェームズ・ハットン研究所の農業生態学専門家ピート・ラネッタ博士との協働のもと、環境負荷の低いマメ科植物で蒸溜する実験を重ねた結果、エンドウ豆で質の高いスピリッツを造り出すことに成功した。
「エンドウ豆は土壌改良に役立ち、転作・混作に理想的。でも商業的価値が低いため、スコットランドではあまり栽培されていません。それを商業的価値の高いスピリッツの原料にすることで、より多くの農業従事者がエンドウ豆を栽培する誘因になるのではと考えたのです」とブラック氏。 彼女が開発したエンドウ豆の蒸溜法は、企業秘密ではなく、無償で一般公開されている。 ブラック氏の実験的アプローチを可能にしているのは、アービキー蒸溜所の共同創設者であるスターリング3兄弟が抱く、持続可能なスピリッツ造りというビジョンであろう。