<球児のために>広がる進路選択 文武両道を目指す高専野球部 第92回選抜高校野球
「ワンプレーに集中しよう!」。2月12日の放課後、近大高専(三重県名張市)のグラウンドではノックを受ける2年生の声が響いていた。一方、1年生は授業中。5年制で、即戦力となる技術者を育てるため、学年別にカリキュラムがびっしりと組まれる。部員計60人が放課後、一斉に練習を始められるのは週1日しかない。 【動画】筒香が呼びかけ「指導者もアップデートを」 授業は1年は7時限(午後3時25分終了)の日が多く、2年は週3日、8時限(午後4時15分終了)ある。投打の二刀流でチームを引っ張る白石晃大選手(2年)は「勉強についていくのに必死です」と苦笑い。選手たちは試験前、勉強が得意なチームメートの寮の部屋を訪ねて、分からないところを教えてもらう。 単位取得の道のりは険しい。試験で赤点は「60点未満」で、再試のチャンスは数回あるが、クリアできなければ留年になる。木伏彪選手(2年)は「高校に行った友達に聞くと、赤点は30点や平均点以下とか。60点はきつい。もっと野球がうまくなりたいのに」と漏らす。試験前の平日は午後8時までの練習を早めに切り上げて、学業に集中させる。 2月下旬の期末試験に向け、重阪俊英監督(37)は「赤点ゼロ」を掲げ、一定期間で赤点を解消できなければ3月中の対外試合に出場させないと選手たちに伝えた。重阪監督は「教室で頑張れないと、ここでも頑張れない。実際、再試が続けば、練習できません」とも言う。 学業との両立に苦心しながら、チームは2019年秋の三重県大会を初めて制し、東海大会に出場した。18年11月に就任した指揮官は、従来の練習内容を大きく変えたわけではないと言う。「いい意味で伸び伸びとし、サークルのような雰囲気だった。時間を守ろうと呼びかけることから始めた」と振り返り、「苦労しながら単位を取ることでメリハリがつき、集中できる時間が増えてきた」と、更なる成長に期待を込める。 近大高専は今回のセンバツで初めて、「21世紀枠」の東海地区候補校に選ばれた。最終的に補欠校にとどまったが、選手たちは今夏に自力で甲子園切符をつかもうと気持ちを切り替えた。 「このメンバーならやれるのではないか」。主戦級の箕延寛人選手(2年)は、入学してから「高専初の甲子園」を強く意識するようになったと明かす。箕延選手や白石選手を含む大多数が中学時代に硬式を経験しているからだ。11年に同県熊野市から名張市へ移転後、交通アクセスが良くなり、県外出身者が在校生の約半分を占めるようになり、野球部も県外からが半数に上る。 ◇就職率は100% また、卒業後の進路の強みも背景にある。箕延選手は入学理由を「自分も親も文武両道を大切にしてきた。将来の就職のことも考えた」と語る。19年3月卒の近大高専の就職率は100%。求人倍率は17.18倍で、高校新卒者の2.78倍(厚生労働省統計)を大きく上回る。近大高専は例年、卒業生の約7割が就職する。進路担当者は「入社後のキャリア形成や働き方も大卒者に近く、工業系高校よりチャンスが広がる。スポーツを頑張れる生徒は、相乗効果で学業でも歯を食いしばれる」と話す。 さらに、3年修了時に大学に進学する道もある。白石選手は「大学進学か、高専で5年間学ぶか、迷っている。野球がどれだけ好きでも、けがするかもしれない。野球をやめた時、高専で資格を取得した方が有利になるとも思う」と話した。「勉強もしっかりやりたい」という捕手の北川創大選手(2年)は、中学3年だった17年、近大高専が春季県大会で5年ぶりに優勝したことも入学を後押しした。教室で培う進路選択の幅と、グラウンドで流す汗の好循環が、チームを強くしていく。【松浦吉剛、衛藤達生】