ポルシェが主力車種マカンの完全電動化に踏み切った理由
人気車種の完全電動化に踏み切った
4月下旬、新型マカンの国際試乗会がフランス・ニースからすこし南下したリゾート地、アンティーブで行われた。実はフランスは新車販売におけるBEVの割合は15%超、PHEVを足し合わせるとおよそ21%にまで伸びている。一方で日本はBEV が2%、PHEVを足しても3%というところだ。 ニースの街を走るクルマに目をやると、フィアット500eやルノーのゾエ、テスラのモデル3などコンパクトBEVを多く見かける。また公共交通機関であるバスも電気自動車になっており、街中のバス停に大きな充電設備が用意されていた。バスの後ろを走っていると漂ってくるあの嫌な排ガスくささがないのだ。新型コロナウイルスによる規制も明けて多くの観光客が訪れ、道が狭く朝夕とかなり渋滞をするニースのような街には、電気自動車は似つかわしいと感じた。 試乗に際して、ICEのままでもよく売れているマカンをなぜBEVにしたのか、マカンのプロジェクトマネジャーであるロバート・メイヤー氏に尋ねてみた。
「まず、マカンの顧客がどのように使っているのかをリサーチしたところ、日常的なユースケースではBEVでも満足が得られる航続距離などを実現できています。そしてユーザーもそれを使いこなしクルマと共に進化していくものだと考えています。 2つ目の理由としては、(メイン市場である)米国での排ガス規制を満たすためには(BEVの販売台数の)ボリュームが必要です。そのためにスポーツカーではなく、台数の多いモデルを選びました。 3つ目はご存じのように、私たちはアウディとの共同プロジェクトで、新しい電気自動車用のプラットフォーム(PPE)を開発しました。このプラットフォームはちょうどマカンが該当するBセグメントのニーズを満たしています。そして何よりも他のモデルと大きな差別化を図ることができる素晴らしい運動性能を備えています。BEVへの転換を図るための、これは良いチャンスだったのです」 メイヤー氏は、もとは航空エンジンのエンジニアだったと伺いました。BEVを担当することに抵抗はなかったのでしょうか。そしてICEをつくることとBEVをつくることに違いはあるのでしょうか。 「これまでも本当に素晴らしい仕事でしたが、何か新しいことがやりたくなったんです。新しいモデルラインを構築する挑戦は楽しいものです。そしてICEとBEVはある意味では同じで、ある意味では全く異なります。 BEVではより自由度の高いパッケージングができます。そしてパワートレインはチューニングしやすく、より速く精度の高い制御が可能になります。おそらくそれが最大の違いと言えますが、その一方で、重量がかさんでしまう、それが一番の課題です。しかし私にとってそれは損失よりも、はるかにチャンスのほうが大きいものでした。初期段階における私たちの最大の課題の1つは、パッケージとスタイリングを統合することでした。これはBEVだから実現できたものです」 たしかに初めて見たときには、こんなクーペのようなカタチで後席や荷室は大丈夫なのかと思いましたが、実際には身長180cmの大人でもヘッドクリアランスは十分でしたし、ラゲッジスペースも先代より拡大していました。 ●電動化で「聞こえなかった音が聞こえる」 「もう一つの課題は、BEVにすると、これまで聞いたことのない音が聞こえるのです。例えばポンプやエアサスペンションのコンプレッサーのようなものです。大きな内燃機関を搭載していればその音によってノイズはかき消されてしまいます。それがBEVの場合はミラーの風切り音やAピラーまわりなど、すべてが聞こえるため音響を適切に調整することはとても難しいです。それは電費や航続距離にも密接に関わります。この新型では空気抵抗係数0.25 を達成しました。ポルシェとしての典型的なデザインをキープしながら、それらを達成することが最大の課題でした」 当初マカンは、既存のICEとBEVを併売するとアナウンスされていたと思います。しかし、欧州域内でサイバーセキュリティ法が施行されることになり、BEVのみが販売されることになると聞きました。それは本当なのでしょうか。 「正直に言うと、それは偶然の出来事でした。欧州のほとんどの国でサイバーセキュリティ法が施行されるため、該当地域でのICEの販売は終了します。現行のマカンは古いエレクトロニクスプラットフォームに基づくものです。サイバーセキュリティ法に適合するように改良することも不可能ではないですが、そのためには多大なコストと労力が必要になります。いくつかの市場(日本を含む)では(旧モデルの)ICEも継続販売するため、ライプツィヒ工場ではICEとBEVを混合ラインで生産しています。ターゲットボリュームについてはコメントできませんが、ライプツィヒには十分なキャパシティーがあり、フレキシブルに対応できます」 ちなみに日本においても2022年からOTA(Over The Air)対応の新型車への規制が始まっており、2026年5月には規制対象が継続生産車にも拡大されるという。旧モデルのICEマカンがいつまで生産されるのかについては公表されていないが、残された時間はそう長くはなさそうだ。 こうした事情もありマカン以外にもポルシェは着実に電動化を進めている。昨年から今年にかけてカイエンとパナメーラがモデルチェンジ。いずれもトップグレードには“ターボ”の名がつくが、そのパワートレインはPHEV(プラグインハイブリッド)だ。欧州ではこれらのモデルでもPHEVの割合が半数以上を占めているという。