「テクノ・リバタリアン」とは何か? 巨万の富を得ても「世界」と「死」を極端に恐れる天才たちの素顔(橘玲)
シリコンバレーのIT成功者は、数学やコンピュータの天才(ギフテッド)が多い。そして、莫大な資産とテクノロジーによって「究極の自由」が約束された世界の現実化を目論む。「テクノ・リバタリアン世界を変える唯一の思想』を著した橘玲氏が、彼らの野望の実像や、最先端のハードサイエンスとスタートアップの関係について語る。 〈画像〉高校時代、父親の百科事典2セットをほぼ暗記したという天才実業家
世界を自分の好きに再設計したい天才たち
──「テクノ・リバタリアン」とは何かという話から入りたいと思います。ひとつめの特徴としては、非常に高い知能を持ったギフテッドで、世界を数理モデルで把握するのが得意な人たちである、と。 橘 ある種のエンジニアですよね。この世界を自分の好きなようにリエンジニアリング(再設計)したいという人たちです。ピーター・ティールが典型ですが、学校ではいじめられていて、幼少期から世界への憎悪や違和感を抱えていた。 でも、周囲の人間と比べて自分がとてつもなく賢いという自覚もある。そういう人間が、数学的・論理的能力が莫大な富をもたらす知識社会で、強大なテクノロジーを使って「自分の生きづらさが解消されるように社会を。プログラムし直す」という発想になるのは自然なことです。 かつては誇大妄想、SFの世界の話でしたが、テクノロジーの指数関数的な進歩でそれが現実化できるようになったのが、テクノ・リバタリアンが台頭してきた理由だと思います。 ──もうひとつの特徴はリバタリアン、自由原理主義者だという点ですよね(下図参照)。彼らは際だって高IQの天才なので、世間一般からすれば変人に見えるし、あぶれ者にもなる。けれども、本人たちは高収入を得る能力はある。そのため、「自分ひとりでもカネや能力さえあれば生きていける」「民主主義やリベラルのやるような再配分重視の政策なんて、衆愚政治以外の何物でもない」と考え、リバタリアンになる? 橘 そういう面もあるでしょうね。シリコンバレーに集まるのは上位1%の天才なので、まわりはみんなバカに見えていると思います。 アメリカでは「大きな能力を持つ者がそれにふさわしい成功を手にするのは当然」とされているので、彼らは実際に起業して何兆円、何十兆円もの富を得ている。そんなお金は生物としての人間には使い切れないので、自分が望む社会に改造するために使おうとする者も出てくる。 たとえば、ビットコインをはじめとする暗号資産界隈に集まるクリプト・アナキスト*1たちは、西部開拓時代のカウボーイのように独力で人生を切り開き、国家や企業などあらゆる中央集権的な組織から介入されない絶対的な自由を望んで活動しています。 もっとも、今のシリコンバレーにおける成功者の主流はそこまでナイーブではない。ティールやイーロン・マスクは「民主主義とは衆愚である」ということを前提に、いかに自分たちの目的を達成するかを考え、トランプの支持に回ったのでしょう。 ──規制のことなんか何も考えていないトランプのほうが、テクノロジーによって自分たちが自由に生きられる世界を作る上では都合がいい、と。 橘 日本ではアメリカのリバタリアンのことがほとんど理解されていません。メディアでもトランプ支持のQアノン、少し前なら反オバマのティーパーティー運動に参加していた頑迷固陋なポピュリストのように思われていますが、リバタリアンの本拠地はラストベルト*2ではなくシリコンバレーに移っています。 西海岸のベンチャーはスティーブ・ジョブズのようにカウンターカルチャーの影響が強く、リベラルな民主党支持という印象がありますが、マスクやティールを見ればわかるように、こうした文化は確実に変わりつつあります。