最新の生成AIは、ファッション業界をどう変えるのか? OpenFashion が考える未来のカタチ
「いつか」は想像していたよりも、ずっと早く来る。 そう実感するに十分な進化を、今年5月に発表された各社の生成AI最新モデルは見せつけた。 最新の生成AIは、ファッション業界をどう変えるのか? OpenFashion が考える未来のカタチ 性能が大幅に向上したことで、オンラインミーティングに参加して議事録を作成するのはもちろんのこと、家庭教師や翻訳者、時には相談相手になってくれるほど、人間に近づいた生成AI。驚異的なスピードで革新し続けるテクノロジーによって、暮らしの根幹である衣食住の「衣」を担うファッションの世界はどう変わるのか。 ファッション業界に向けた生成AI活用支援ツール「Maison(メゾン) AI」を提供し、今年2月にはAIデザインコンテスト「TOKYO AI Fashion Week」を開催するなど、生成AI技術を活用したファッション産業のAIXを手がける株式会社OpenFashionのCEO上田徹氏に、ファッションとAIの未来について話を聞いた。 ◆ ◆ ◆ コレクションをAIが担う世界へ ──最新モデルが驚きをもって迎えられていますが、生成AIを取り巻く現状をどのように捉えていますか? 今年の最新モデルは、動画生成や対話型の音声など全分野ですごい。普通に人間とビデオ通話するような応答速度になり、音と動画を認識しながら会話ができる世界が来るのはもう少し先だと思っていましたが、「もう来ちゃったか」というのが率直な感想です。OpenAIが発表した「ChatGPT4o(フォーオー)」は、テキスト・音声・画像の組み合わせを入力して、それらを組み合わせて出力するマルチモーダルAIであることとスピードがポイント。もともとマルチモーダルだったGoogleの「Gemini1.5Pro / Flash」は、コンテキストウィンドウで100万トークンまで同時処理が可能になりました。そして、Microsoftの小規模言語モデルPhi-3ファミリーの「Phi-3-vision」も、画像やグラフなどの視覚情報を認識できるという強みを持っています。 上田 徹/株式会社OpenFashion代表取締役。2014年に株式会社オムニス(現・株式会社OpenFashion)を設立し、2018年には株式会社ワールドのグループに参画。現在はファッションと、生成AIをはじめとした最新テクノロジーをかけ合わせたサービスの開発に取り組んでおり、昨年8月には生成AI活用支援ツール「Maison AI」をリリース。今年5月には国内最大規模の生成AIイベント「生成AIカンファレンス」に登壇するなど、講演を通してファッション業界への生成AI普及や啓発も積極的に行っている。東京ファッションデザイナー協議会(CFD TOKYO)会員及び同協議会のAI部会長を務める。 当社のMaison AIは、ファッション業界やクリエイターに向けて、ChatGPTと画像を生成する「Stable Diffusion」という2つの生成AIをラップして各種サービスを提供していますが、すでにChatGPT4oは対応済みです。Geminiに関しては、大規模なファイル連携のニーズがちらほら出てきているので、どこかのタイミングで対応しようと検討しているところです。 ──ファッション業界がAIを取り入れることで、今後大きく変わるのはどの分野だと思いますか? インパクトがもっとも大きいのは、デザイナーやクリエイターの部分をAIが担うようになることでしょう。一緒につくるパートナーやアシスタントとして、AIがクリエイティブを担当してくれる。「こういうコンセプトのデザインや動画・画像を作ってみて」と伝えると、全部できちゃうイメージです。 今年のうちにOpenAIが家庭教師や翻訳者などの機能をリリースするので、それをベースに僕らが画像生成や音楽生成、そして動画生成を組み上げていけば、AIとオンラインミーティングをするような感じで制作が進み、コンセプトの説明資料も含めて、ひとつのコレクションをAIでまるっとできる。そんな世界が来年以降、実現する可能性が高まってきました。「まさか」と思われるかもしれませんが、それがただの絵空事でないことを、ファッションに特化したAIサービスを設計し、提供する現場にいる僕らは感じている。それほど今年の進化が驚異的だったということです。 ──なぜ日本ではAI活用が進まないのでしょう。 やはり言語の問題が大きいですね。英語圏と日本語圏では、そもそも使えるAIサービスの数が全然違います。いま日本で公式利用できるのは、パンツの丈などデザインの一部を修正して見せる「Lightchain (ライトチェーン)」と、洋服の色を変える「Sugekae(スゲカエ)」というECに特化した2つくらい。ほかにもいくつか実験中のものはありますが、正式リリースはされていません。英語のサービスはAIを得意とする中国も参入しているのでたくさんありますが、海外で展開されているAIサービスもLightchainやSugekaeのように、そのほとんどが領域や職種に特化したものです。 それに対して、Maison AIはファッション業界のさまざまな職種・業務で活用できる文章・画像生成AIツールで、世界的にもめずらしい「業種特化」型です。Maison AIは、ワールドや子ども服のナルミヤ・インターナショナルなどで導入されていますし、Z世代に人気の某ブランドでも本格導入に向けてカスタマーサポート部門などで検証しているところです。ほかにも当社ではコンサルティングサービスも展開しているので、どこでどんなふうにAIを使って業務整理をすればよいか、一緒に組み立てる相談にも乗っています。 「Maison AI」は、最適なプロンプトを提供するプロンプトライブラリーや、業務をサポートするAIエージェント、文章作成やデザインに活用できる生成AIなど、ファッション業界におけるさまざまな役割を担ってくれる。 手直しの必要がないプレスリリースが制作可能に ──AIを活用すると、具体的に業務はどう変わりますか? 以前は内製化するか、アウトソースするかの二択でしたが、最新モデルによってAIに置き換えるという3つ目の選択肢が現実味を帯びてきました。ここ数年はインドやフィリピンにアウトソースしていたものをAIに置き換えられるのではないか、社員がやっていたことをAIに切り替えられるのではないかと模索する段階でしたが、性能が大幅に上がって、AIの請け負える範囲が一気に広がった。要は、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)する先が、人かAIか。それほど生成AIは、人に近づいたということです。 より具体的に言うなら、成果物ができるようになったことが大きく変わったポイントです。プレスリリース制作を例に挙げると、これまでAIができることはせいぜいアイデア出しのドラフトを作る程度で、スキルアップに役立つくらいでした。それが、ChatGPT4oでは直近のリリースを2本学習させただけで、ベテラン広報が書いたものと遜色ないレベルのアウトプットが可能になったのです。 5月22日に配信した当社のリリース「ファッション業界向け生成AIツール「Maison AI」 最新のChatGPTモデルGPT-4oに対応!」は、すべてAIが書いたものです。どこにどのようなグラフや画像を入れたらいいかを文章内に入れてくれと指示すれば、そのように出してくれるし、文章も手直しの必要がありません。新卒社員がこのレベルのリリースを書くまでに3年ほどかかるそうですが、AIを使えば入社まもない新人でもできるようになるのです。同様にSNS配信も問題なくAIに置き換えられますが、ブログに関してはスタイルやトーンがいろいろあるので、どう企画・設計するかは、もう少し研究が必要です。 ──成果物ができるようになって、御社の体制も変化したのでしょうか。 望み通りの成果物をアウトプットするには、最適なプロンプト(命令)を入力しなければならないので、専門のプロンプトエンジニアチームを作りました。そこでは業務ごとに、どんなプロンプトでどのファイルをどう連携すれば期待する成果物にできるか、入力方法や組み合わせを日々検証しています。生成AIが登場して以来、プロンプトエンジニアリングという新たなスキルが注目されてきましたが、今後どの業界でもますます重要度が増していくでしょう。そうして便利になっていく一方で、専門性のある仕事はどんどんAIに置き換えられていく。この流れは90年代にパソコンが導入されて起きたことを想像するとわかりますが、もしかしてその影響は当時よりも大きいかもしれません。 この先AIが社会実装されていくと、さまざまな人間の仕事をAIが担うようになるでしょう。『2001年宇宙の旅』を書いたSF作家、アーサー・C・クラークは『都市と星』で完全に自動化された未来を描きました。物語のなかで人間は労働から解放されて、ゲームとアートに興じるようになりますが、仮にそうなったとしても、ものづくりはクリエイティブなアドベンチャーとも言えるので、今後もなくなることはありません。 今年3月に行われた「Rakuten Fashion Week TOKYO 2024 A/W」の関連イベントとして、生成AIを活用したファッションデザインコンテスト「TOKYO AI Fashion Week 2024 A/W Exhibition」を実施。応募総数1900点の中から選ばれた18作品を展示する展示会も開くなど、ファッション業界におけるクリエイティブ活動を支援している。 「AIを使う」ことは、「ネット検索」と同義になる ──AIが社会実装されたら、ファッション業界はどうなると思いますか? AIに置き換えることのできない、人によって生み出されるホスピタリティの価値はこれから間違いなく上がっていくと思います。先ほど例に挙げた広報の場合、プレスリリースを書いたり、資料を作ったりするのはAIに任せて、メディアの人と直接会ってコミュニケーションをとるなど、より人にしかできないことに注力できるようになる。でも、よく考えると、それこそが本来の広報の仕事で、存在価値なのではないでしょうか。 デザインについては今後、人とAIが互いの強みを活かしながら、ともにデザインを創造していく「シンバイオテックAIデザイン(Symbiotic AI Design)」という考え方が進んでいくしょう。この先AIは単なるツールではなく、なくてはならないパートナーになる。AIと共生し共創することで、ここ5年くらいの間に、これまで見たこともないようなクリエイティブな世界に触れる可能性が高まってきたということです。 将棋の藤井聡太さんはAIを取り入れることで、異次元の強さを身につけて八冠という偉業を成し遂げました。囲碁の世界でも、囲碁AI「AlphaGo」が登場して2010年代の後半からレベルが劇的に上がっているそうです。AIで切磋琢磨する現代のプロ棋士はレベルの低い人たちでさえ、AI以前のトップレベルと同じくらい。ファッションの世界でたとえると、既存の有力なハイブランドがいちばん低いレベルとされるかもしれない世界、そんな時代が来ようとしているのです。 ──最後に、もしAI導入を躊躇する企業がいるとしたら、どのようなメッセージを伝えたいですか? これまでもECサイトやSNSマーケティングなど、新たな手法が出てきたときに乗り遅れた人たちはいたと思いますが、企業活動をするうえで、今後AIをやらない選択肢はないと僕は考えています。AIを導入した企業と導入しなかった企業の生産効率、業務改善の差がどんどん開いていく。それはSNSをやらなかった損失の比ではないでしょう。そのうち、AIを使うことはネット検索と同義になるので、もはや避けることはできません。 今回のChatGPT4oの目玉は、人間のような振る舞いをする、早く的確な音声でした。まるでそこに人がいるかのように対話しながら、何かを生み出していく。僕らも対話型にどうアプローチするかを今まさに考えているところですが、AIを導入した世界をまったく想像できないという人は、一度OpenFashionで紹介している動画を見てみてください。そうすればイメージが湧くと思いますし、「これができそうだな」と思った時点ですぐに取りかかる。やらなかった場合の損失がこれまでよりも大きいことを心に留めおきながら、AIに関する知見を増やしていっていただければと思います。 Written by 山本千尋 Photo by 高村瑞穂(上田氏写真)
編集部