診察での「今日はどうしましたか?」に対するベストな答えとは…小児科の開業医が明かす〈患者との距離問題〉
◆パパとママでコミュニケーションに差 コミュニケーション力ということで言うと、一般的に女性は男性よりはるかに上手な人が多い。挨拶もちゃんと返してくれるし、言葉のキャッチボールもうまい。診察の要点をちゃんと復唱して確認してくれたりする。 概して女性の方が声が高く、男性の方が声が低い。この当たり前の事実は実はコミュニケーション力に深く関係している。これは開業医になるまで気がつかなかった。高い声はよく通る。子どもがギャン泣きしていても、会話が成り立つ。しかし男性の声は聞き取れない。 その一方で、待合室から診察室まで母親の声が聞こえてくることはまずない。ところが父親の野太い声は診察室まで響いてくる。太い声が耳に入ると、ついこちらとしては緊張する。 おそらく太古の時代から、男は闘争で生きてきて、女はコミュニケーションで生き延びてきたからではないか、などと思ってしまう。 最近は父親もかなり育児に参加しているようで、ぼくが開業した17年前と比べて、子どもを連れてくる父親がずいぶんと増えた。特に土曜日は会社が休みのせいと思われるが、若い父親がよくやってくる。 お父さんががんばって赤ちゃんを抱っこしたり、抑えたりする姿を見ると、こちらとしても応援したくなるが、いかんせん普段、子育てにかかわっていない男親の抱っこは下手である。赤ちゃんをうまく抑えることができず、父親の膝の上からずり落ちそうになったりする。おそらく、赤ちゃんを強く抱えることが怖いのであろう。あるいは緊張しているのかもしれない。
◆つい緊張するお父さん こんなこともあった。 お父さんが3歳の子を連れてきた。お子さんは、昨日からお腹が痛いのだそうだ。子どもの腹痛は胃腸炎か便秘でほとんど説明がつくが、中には怖い病気も隠れている。だからしっかり診る必要がある。 「じゃあ、お父さん。靴脱いで診察台に横になって。お腹を診ますね」 「はい、分かりました」 お父さんは子どもを自分の膝から降ろし、何やらゴソゴソやっている。見ると、お父さんが診察台に上ろうとしている。 「ちょ、ちょっと!何をしているんですか?診るのはお子さんのお腹ですよ」 これって、やはり緊張のせいなのかも。 さらにこんなことがあった。 お父さんが1歳の子を連れてきた。数日前から咳が始まり、だんだんひどくなってきて、夜も起きてしまうそうだ。お父さんの膝の上に座ったお子さんは、ゴホゴホと痰絡みの咳をしている。こういうときは、風邪で収まっているか、気管支炎にまで広がっているのかを知るのが重要。したがってぼくはさっそく聴診器を耳に装着して声をかけた。 「では、胸の音を聴きますからね」 子どもの衣服をめくってもらうように、ぼくは手のひらを上に向けて、下から上へ持ち上げて言った。 「むね、あけてください」 「はい、分かりました」 お父さんは、お子さんの両脇に手を差し込むと、子どもをリフトアップした。 「うえ、あげて、どうするんですか!胸を開けてください」 いやあ、これも緊張していたんだろう。実に愛すべき父親の姿である。でも、ぼくも人のことは言えない。
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