生成AIで組織風土さえも変革できる ベストセラー著者が語る人事とAIの可能性
「ChatGPT(チャットGPT)」の登場以降、さまざまな分野で生成AIが活用されるようになりました。人事の現場でも、文書・資料作成などで生成AIを実際に使っている人は多いでしょう。一方、採用や人材育成、労務などの人事業務では、まだまだ活用が進んでいないのが実情です。人が人と向き合うことで成り立ってきた人事の世界に、生成AIはどのような変革をもたらすのでしょうか。国内最先端のAI研究で知られる東京大学 松尾研究室出身で、著書『生成AIで世界はこう変わる』がベストセラーとなった今井翔太さんは「現在の生成AIは“人間の常識”を持ち合わせており、従業員や採用候補者の可能性を広げる目的でも活用できる」と語ります。日々刻々と進化する生成AIの現在地と、人事領域での可能性について聞きました。
「ゲーマー」として感じた人間の限界人類の諸問題を解決する手段としてAIを選んだ
――今井さんが専門とする研究分野についてお聞かせください。 私の専門は、生成AIのコア技術である「強化学習」です。特に最近では、複数のAIを組み合わせて協業させたり競争させたりする「マルチエージェント強化学習」に取り組んでいます。これはAIの意思決定に関わる分野であり、異なる生成AI同士が人間を介さずに対話することで価値観を調整していく研究も進められています。 AIの価値観を調整するために、従来は人間によるフィードバックが必須とされていました。しかし人間が手をかけられる量には限界があるし、そもそも人間は民族や宗教、集団などの属性ごとに異なる価値観を持っています。ジェンダー問題などの個別のイシューでも、担当する人間特有の価値観が入り込んでしまう。そのため、量的な制約を受けずにAI同士で価値観を調整する試みが注目されているのです。 ――AIはすでに、固有の「価値観」を持つ存在なのですね。 はい。画像認識などの以前からある識別的なAIとは異なり、現在の生成的なAIはすでに人間と同じような価値観や常識を持ち合わせています。 こう言うと驚く人もいるかもしれませんが、生成AIが学習しているデータ量が数兆文字の規模に及ぶことを考えれば、妥当ではないでしょうか。世界各国の、多種多様な価値観や常識を持つ人間のデータを学んでいるわけですから。 歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリは著書『サピエンス全史』で、「人類は言語を獲得したことによって長期的な思考ができるようになり、うそをついたり虚構の世界を信じたりできるようになった」と述べています。彼が説いた「認知革命」と同じことがAIでも起きようとしているのです。いずれはAI自身が、AIのための新たな宗教を生み出すのかもしれません。 ――今井さんはなぜAIを研究しようと考えたのですか。 もともと私は、いわゆる「ゲーマー」でした。大学の学部生時代、世界中のプレイヤーと戦うオンラインのレーティングバトルでは世界7位になったこともあるんです。 世界トップレベルの戦いに挑むうち、私は次第に人間の思考能力や知能の限界を感じるようになりました。国際大会の上位層を見ていると、私を含めて、みんな同じような戦術しか使わないからです。人間の思考・知能の粋を集めても、ゲームに勝つための戦術は最終的に通り一遍のものしか生まれず、つまらない戦いに終始してしまっていました。 ちょうどその頃、囲碁の世界ではGoogle関連企業が開発したコンピューター囲碁プログラム「AlphaGo」(アルファ碁)が注目を浴びていました。2015~2016年にかけて、AlphaGoは人間には思いつかない戦術を生み出し、世界トップクラスの棋士を次々に打ち破って衝撃を与えたのです。「ついにAIが人間を超える知能を持つようになった」「ゲームでも、AIなら人間には思いもよらない戦術を編み出せるのでは」と感じ、ワクワクしたことを覚えています。また、AlphaGoを開発したデミス・ハサビスというAI研究者も私と同じくゲーマー出身で、ハサビスに憧れてAI研究者を目指したという経緯もあります(編集部追記:デミス・ハサビス氏は、2024年のノーベル化学賞を受賞)。 ゲームや囲碁だけではありません。たとえば医療の世界でも、人間を超える知能を持つAIであれば、これまでは不治とされてきた病気を治せるかもしれませんよね。多岐にわたる人類の問題を解決する手段として、私はAIの研究に取り組むことを決めました。