「薬で妻の意識を失わせ、違う男に代わるがわるレイプさせ…」性犯罪の被害者がヒロインに変わった「マザン強姦事件」とは
薬で妻の意識を失わせ、ネットで募った不特定多数の男性に10年間も強姦させていた──いわゆるマザン強姦事件の裁判が9月早々に始まった。主犯である元夫と50名に上る被告が次々と裁かれる前代未聞の性犯罪裁判が大きな関心を集めている。 【動画】ジゼルを支援し、性犯罪と薬物被害を糾弾するデモの様子。 といっても、タブロイド紙やワイドショーのないフランスではセンセーショナルな報道は少ない。事件の詳細よりも世間を驚かせたのは、被害者が裁判の公開を求めたことだ。
裁判は基本的に公開制だが、被害者のプライバシーを守るため、ことに性犯罪の裁判は非公開が多い。だが、逆にプライバシーを心配して非公開裁判を主張したのは被告側だった。4年前の事件発覚当時から仮名で報道されていた被害者はジゼル・ペリコという実名で登場し、自ら「沈黙のうちに裁くのではなく、世間にすべてを完全に明かすべき」として公開裁判を要求。被害者のほうがいわれのない批判に晒されるケースが少なくない性犯罪だが、この事件では主犯である元夫がすべてをビデオに収めていたために明確な証拠が揃っている。だがそれだけにプライバシーに深く関わる点も多いのだ。自分の側に恥じることはないとし、すべてをオープンにして事実を公に突きつける被害者ジゼル・ペリコの毅然とした態度はまさにヒロイン。「恥じる側を逆転させる」という言葉は瞬く間にスローガンとなり、ジゼルはフェミニズムの新たなるアイコンになった。
またこの裁判によって問い直されているのは、性犯罪の定義そのもの。公判が始まって1週間、大きな反発を呼んだのは被告側弁護士の「強姦の意図がなければ強姦ではない。フランスの法律では性行為の前に同意を求める義務はない」という発言だった。奇しくも弁護士によるこの発言が法律の盲点を明らかにした。主犯である夫が「妻は完全に意識がなかった」と強姦を認めている一方で、ネットの募集に応えてやってきた約50人は、「妻も同意の上だと思った」「夫がいいと言っているから」「強姦した"つもりはない"」と発言している。彼らに罪の意識が希薄なのは、男性社会が定めた定義のせいだろう。薬物を投与されて意識がない被害者は「NON」も「OUI」も言えるはずがない。拒否や抵抗の有無だけでなく、"同意"という言葉を強姦の法的定義に加えるべきという議論が始まっている。 11月末、元夫のドミニク・ペリコに強姦に対する最高刑である20年、他の50人には4年から18年が求刑された。現在は被告側の弁論が行われており、年内には判決が言い渡される予定だ。 *「フィガロジャポン」2025年1月号より抜粋
text: Masae Takata (Paris Office)