カッパCMの酒造会社、貯水槽をプールにして60年…発案は「幻の五輪」水球選手の先代社長
カッパのキャラクターで知られる清酒大手「黄桜」の本社工場(京都市伏見区)に、「泳げる防火用貯水槽」がある。およそ60年前に貯水槽を造る際、水球選手として「幻の東京オリンピック」に出場予定だった先代社長の松本司朗氏(1917~99年)が、25メートルプールとして設計することを提案した。(向野晋)
第1次世界大戦のさなかに生まれた司朗氏は泳ぎが得意で、府立第一中学で水泳部に入部し、慶応大では水球選手として活躍。40年に開催予定だった東京オリンピックに日本代表として出場が内定していたものの、日本政府が開催権を返上したことで、出場はかなわなかった。 兵役を経て復員後に父親が創業した「松本治六郎商店」(現黄桜)に入社。2代目社長に就任する64年の数年前、本社工場を建設する計画が持ち上がった。防火の大切さを身をもって知っていたであろう司朗氏は、自身と社員の体の鍛錬も目的とした一石二鳥の策として、プール兼用とする案を考え出した。 そしてできあがったのが、縦25メートル、横15メートル、深さ1・2メートルの6レーンプールだ。完成後、司朗氏は仕事が終わると社員らを誘って年中泳いでいたという。高齢になっても、夏場の水泳だけは欠かさなかった。
プールはその後も社員らに親しまれ、初夏になると毎年、プール開きが行われている。 プール開き前の清掃は、90年代から新入社員研修の一環として行われるようになり、今も30年以上続いている。今年も6月26日に新人8人のうち、本社勤務の6人が約4時間かけて内壁のこけなどを落として磨き上げた。
同期の絆を深める機会にもなっており、清掃した新人社員(22)は「みんなで一つの作業に取り組む喜びも味わえた。とても年季の入ったプールで、会社の伝統の重みを感じた」と話す。今年のプール開きは6日で、社員やその家族が楽しみにしているという。 プールの水は、酒造りに使う「仕込み水」だ。酒造りにも地域を守るためにも、伏見の豊富な湧水を感謝を込めて使っている。
CMにカッパ 伝わる水泳愛
社歴が数百年という老舗がひしめく酒どころの伏見で、1925年に創業した黄桜は後発組。知名度の低さを一気に補ったのが、業界に先駆けて展開したテレビCMだった。そのキャラクターにカッパを選んだのが司朗氏。「水泳に並々ならぬ思いがあった先代社長らしい」と社内外で伝えられている。