車は真っ直ぐ走らない? ハンドリングの良い悪いとは
だからタイロッドは、上面視でタイヤの中心より前側でハブと結ばれる「前引き」の方が望ましい。バンプトーアウト・ジオメトリのために、前側はブッシュをあまり変形させないからだ。逆に「後ろ引き」ではブッシュのたわみを邪魔しない様にタイロッドもたわませてやらないといけない。その結果、ハンドルを切った時にタイヤとハンドルの関係をがっちりしたものにできずにハンドリングが曖昧になる可能性が高いのだ。 前引きの方が良いことがわかっているのに、なぜ後ろ引きのクルマがあるのかと言えば、エンジンルームでの場所取りの問題に尽きる。FF車の場合、タイヤの前側はエンジンとミッションに邪魔されて、タイロッドを通す場所がない。だから前引きにするためにはFRやミッドシップ、RRでないと難しい。マツダ・ロードスターはフロントミッドシップでエンジンが後退しているため、タイロッドを非常に理想的な位置に置くことができている。
最後にものを言うシャシー剛性
このようにハンドリングと各部のたわみの関係は切っても切れない関係にあるのだ。前述の「早期発見・早期治療」を原則に、最小のステアリング操作をした時に、その操作分が各部のたわみに食われてしまえば、操作は効果を発揮しない。しかもたわみに吸収されているうちは反応が起きず、たわみ変形がいっぱいになった途端に反応が起きる。反応がリニアでないからドライバーは混乱する。反応しないから余計にハンドルを切り、変化が一気に訪れるのだ。そうなると「早期発見・早期治療」と逆に、遅過ぎやり過ぎの対処をすることになる。何も良いことがない。 自動車評論家の森慶太氏は著書『別冊モータージャーナル Vol.6』の中で面白いエピソードを書いている。森氏は、2012年にフルモデルチェンジをしたレクサスLSの試乗会で、旧型に比べてハンドリングが急に良くなったことに気づく。試乗を終えて帰宅した森氏は、どうしてもその理由が知りたくなって翌日呼ばれてもいない試乗会にもう一度行って、アポなしでエンジニアにインタビューするのだ。 最近のパワステはコストと低燃費のために油圧ではなく電動パワステが主流だ。電動パワステの特徴の一つに、手応えを作ることができる点がある。アシストの量を状況ごとにプログラミングで変えることで、手応えの重さの変化をつけられるのだ。言ってみれば本来ナチュラルに変わるタイヤからのインフォメーションを、パワステがモノマネするような仕組みだ。 ところがこのモノマネが下手なのだ。というより本当に本物を知っていてモノマネしているんでしょうか? と言いたくなるような勝手な思い込みを含んだモノマネになっている。森氏はフルモデルチェンジ前のLSにそういう人工的な変な味付けをたくさん感じて気持ち悪く思っていた。ところが新しいLSはそういう嫌な感じが大きく改善されていたのだ。 森氏がエンジニアに聞いてみたところ、その大元はシャシーにあった。シャシーやボディの接続、つまり溶接方法が変わっていたのだ。従来の一般的な溶接はいわゆるスポット溶接で、裏表から電極を当てて通電することで金属を溶かして接合していた。これには問題がある。まず溶接点の間隔を近づけると、隣の溶接点を電気が迂回して流れてしまい溶接温度に達しなくなるので溶接間隔をあまりツメられないこと。もう一つは溶接がホチキスの様に点接合なので、点と点の間はバクバクと開いたり閉じたり変形をすることだ。間が開けばなおさらバクバクは酷くなる。 「レーザー溶接は線接合なので、ホチキスと違ってテープで止めることになって有利」という話を聞いたことがあるかもしれないが、レクサスの場合、これまでもスポット溶接の間を約1ミリ幅のレーザー溶接を施すことによって強化していた。しかしこのモデルチェンジでレーザースクリューウェルディングという新しい溶接方法を採用した。 トヨタはこの技術の具体的詳細を明らかにしていないが、そのメリットとして、従来のレーザーの補強より溶接面積が拡大して剛性が上がったということを発表している。 また構造用接着剤を用いて、場所によっては面での接合を可能にした。最近ではガラスの接着方式を変えたことによってシャシーを大きく強化したと言う発表もあった。