低予算なのに大ヒット…映画『侍タイムスリッパー』はなぜ成功を収めたのか? 時代劇に精通するライターが魅力を考察レビュー
時代劇スターたちへの愛の結論
すべては書き切れないが、作品から溢れ出る時代劇愛は鮮烈だ。 なかでも『世直し侍 心配無用ノ介』の主役・錦京太郎を演じる田村ツトムが、筆者との対話で興味深いことを教えてくれた。 これまでエンタメ作品で描かれるスターの姿は、プライドだけが高く実力がなかったり、女にだらしなかったりと、 “ダメ”で小馬鹿に描かれることも多い。 しかし、田村が演じる錦京太郎は違う。面白く個性的なので“ダメ”なタイプのように見える瞬間もあるのだが、実際は太っ腹で後輩を可愛がり、先輩をリスペクトしている。だらしない姿は登場しない。 これについて田村は、「確かにそういうキャラクターも多いですね。でも時代劇を愛するこの作品には、相応しくないと思いました」と答えた。 筆者もラジオやプライベートで主演を張る時代劇俳優と向き合ってきたが、あの“ダメ”なスター像に近い俳優はいない。それもそうである。人としての器が大きくなければ、大所帯のスタッフや出演者を引っ張り、大御所のゲスト俳優を迎える座長など務まるはずもない。 リアルな現場を描く作品で、レギュラー作品の主演を張っている錦京太郎を“ダメ”な姿で描いては、時代劇へのリスペクトがなくなる。 これが役者・田村にとっての、先達の時代劇スターたちへの愛の結論だ。
ハリウッドで巻き起こった時代劇復権の機運
高坂新左衛門は物語の最後に、切なさも滲む印象的なセリフを口にする。あれは時代劇をこよなく愛する安田淳一監督や、時代劇の現場で育ってきた山口馬木也、冨家ノリマサらの本心からの声だろう。噛みしめたいところだ。 気になるのは、この映画を見て時代劇をとりまく現実に声を上げ始めた人々が、エミー賞までも獲得したハリウッドドラマ『SHOGUN 将軍』にはさほど触れていないことだ。 世界のトップを獲った真田広之が育ったのも、この『侍タイムスリッパー』に登場する撮影所である。 そこから巣立った真田は、海を渡った先で本気で時代劇文化を継承すべく、孤軍奮闘で成功させた。それがいかに偉業であるかは、別のコラムに書いたので譲りたい。 とまれ、真田が新次元の高額予算で時代劇の継承を成功させたこと、安田監督が低予算で継承を成功させたこと、これらが2024年に同時に起こったことは興味深いし、希望の光でもある。(ちなみにどちらの作品にも、衣裳担当には東映京都撮影所の古賀博隆がいる。“侍タイ”がいかに本格的であることがわかると思う) しかしこれほどブレイクしているのに、安田監督は「もう時代劇はしばらくいい」と苦笑いする。それほど時代劇を作るのは大変だ。今後、かつてのように毎週新作が放送されるような未来が来るかはわからない。 それでもこの映画で高坂の最後のセリフを噛みしめた人が多いのなら、ぜひとも熱狂をこの一時で終わらせず、時代劇という日本固有の文化を、継続的に気に掛ける人が増えてくれることを願う。 【著者プロフィール:Nui】 絵描き・文筆家・時代劇リサーチャー。2021年より主に時代劇の美男子を描く作家として活動開始。現在、様々な俳優の取材を通して勉強中。主な仕事に『FINAL FANTASY XVI』広告絵画参加、FM ラジオ&Podcast「時代劇が好きなのだ!」パーソナリティ、月刊『コミック乱』イラストコラム連載など。
Nui