低予算なのに大ヒット…映画『侍タイムスリッパー』はなぜ成功を収めたのか? 時代劇に精通するライターが魅力を考察レビュー
自主制作ながらSNSを中心に人気を集め、全国150館以上での上映が決定した映画『侍タイムスリッパー』。本作は、ハリウッドの『SHOGUN 将軍』とともに、斜陽だった時代劇の復権として注目を集めている。そこで今回は、時代劇リサーチャーのNui氏に時代劇俳優の魅力や先達へのリスペクトについて論じてもらった。(文・Nui) 【写真】奇跡のような面白さ…貴重な未公開写真はこちら。映画『侍タイムスリッパ―』劇中カット一覧
『侍タイムスリッパー』で再燃した時代劇熱
SNSを中心に爆発的な人気を見せている映画『侍タイムスリッパー』は、インディーズ発、低予算、しかし登場する俳優は一流、そして幕末の武士が現代にタイムスリップするというストーリーで、時代劇に馴染みのない人にもキャッチーに刺さっている。 この盛り上がりは約1年間、時代劇をテーマにラジオを制作している筆者にとっても若干怯むほどで、ついぞ感じたことのない熱気である。 物語は、山口馬木也演じる会津藩士・高坂新左衛門が密命のターゲットである長州藩士と刃を交えたとき、落雷で気を失い、現代の京都・太秦にある東映京都撮影所にタイムスリップするというもの。 そして高坂は、ヒロインの沙倉ゆうの演じる山本優子たちに助けられながら、時代劇の撮影現場で働くことを決意し、“斬られ役”になる。ここから高坂は本物の侍である自分と、虚構の侍である自分とを行き来しながら生きてゆく。
斬られ役界のレジェンド・峰蘭太郎
“斬られ役”とは、その名のとおり、時代劇で主役やメインキャラクターに斬られる役だ。たとえば『暴れん坊将軍』で松平健演じる徳川吉宗がバッサバッサと敵を斬っていく。そのときに斬られる人たちだ。 彼らの斬られ方によって、主人公の剣の腕前が左右されるから責任は重大だ。斬られ役がイマイチであれば、時代劇の最大の見せ場である立ち回り(殺陣)が決まらない。 実は、主役を張る役者は誰でも殺陣が上手いわけではない。若くして抜擢された俳優は不慣れな場合も多く、初心者であることも珍しくない。 そのときに斬られ役の役者が、いかに苦しみ、悶えて倒れていくか。彼らの技術で、不慣れなヒーローでもまるで剣の達人に見えてしまうのだ。 『侍タイムスリッパー』には、そんな斬られ役で有名な“本物”が登場する。殺陣師・関本役のレジェンド、峰蘭太郎である。 峰は往年の時代劇スーパースター・大川橋蔵(1929~1984)の弟子であり、時代劇を見ていれば、敵の中に彼の顔を見ないことはほとんどない。なんといっても、高橋英樹ら現役のスターから指名が入るほどの大ベテランだ。 会津藩士の高坂は、この峰(関本)に斬られ役として弟子入りをするのだから、時代劇ファンにとっては面白いことこの上ない。 ちなみに斬られ役については、映画『太秦ライムライト』(2014)も参考になるのでぜひチェックしてほしい。ここでは語らないが、『侍タイムスリッパー』にとっても重要な人物、福本清三の初主演作である。殺陣師・関本のモデルであり、伝説の斬られ役俳優だ。