低予算なのに大ヒット…映画『侍タイムスリッパー』はなぜ成功を収めたのか? 時代劇に精通するライターが魅力を考察レビュー
時代劇俳優・山口馬木也の魅力
高坂を演じる山口も、他の時代劇俳優たちと同じように初心者から殺陣の稽古を始めた。 東映の撮影で殺陣の経験がある者ならば、誰もが現場で峰に教わった経験があるはずだ。山口は以前、イベント出演のために峰からしっかり習った経験があり、ふたりは本当の師弟のようなものである。本編で峰演じる関本と稽古をする高坂の姿は、実際に近いだろう。そしてまさに撮影場所は、数々のスターが文字通り血と汗を流してきた東映京都の本物の道場だ。 山口は今回が映画の初主演ではあるが、時代劇ファンにはお馴染みのベテラン俳優だ。1973年生まれの現在51歳で、1998年のデビュー後すぐに、山本周五郎原作の時代劇映画『雨上がる』(2000)の撮影に入った。そして1999~2000年のNHK金曜時代劇『スキッと一心太助』に出演。続いて2001年の大河ドラマ『北条時宗』(NHK総合)にも出ている。 とりわけ有名なのは、藤田まこと主演『剣客商売』(2003年、フジテレビ系)の主人公・秋山小兵衛の息子、秋山大治郎役だ。さらに同年、テレビ時代劇『水戸黄門』(TBS系)には準レギュラーで登場。5代目・水戸光圀に里見浩太朗を据えてスタートを切った第31部から、ミステリアスなポニーテイル姿の甲賀忍者・鳴神の夜叉王丸として作品に花を添えた。 山口の夜叉王丸は、登場回数こそ多くはないものの、強烈な印象を残した。第32部から登場する原田龍二&合田雅吏の“助さん格さん”コンビと、照英が演じる風の鬼若とともに、美しくフレッシュな布陣で長寿番組のイメージを更新。若いファンを呼び込んだ。 なんといっても『水戸黄門』は日本を代表するファミリー時代劇だ。ここに準レギュラーで入るというのは強運の神に選ばれし者である。
時代劇俳優たちを襲った悲劇
しかし、こうして2000年頃から時代劇で順調にキャリアを積んできた山口だったが、すぐにテレビ時代劇そのものが衰退を始めてしまう。 2003年に『暴れん坊将軍』がレギュラー放送を終え、2011年には希代のご長寿番組『水戸黄門』もついにレギュラー放送を終了。山口をはじめ、この頃に現場で育った若い時代劇俳優たちがこれから主役の座を目指していくはずのところを、現場そのものが激減してゆく。 『侍タイムスリッパー』は、このテレビ時代劇の斜陽が本格的に始まる頃、ちょうど山口が『水戸黄門』の夜叉王丸を演じていた2007年の東映京都撮影所を舞台にしている。劇中では、80年代からよく見られた娯楽時代劇をイメージした架空のテレビ時代劇『世直し侍 心配無用ノ介』が放送終了の危機にある。 高坂新左衛門は、斬られ役として演じる楽しみを覚え、時代劇の斜陽のなかで奮闘し、次第に“時代劇愛”に目覚めてゆく。 これは2000年代から現場で育った山口自身とどこか近いように思える。似ているというよりも、当時の山口が置かれていた立場を、よりわかりやすく別の形で表現したのが高坂の姿といえばいいか。あの頃の山口の隣に、ふと現れてもおかしくない高坂だ。 奇しくも山口は、この時代劇の斜陽を憂う作品で、自身初の時代劇映画の主役を務めた。しかも映画は空前の大ヒットを迎えつつある。 斬られ役となった高坂が成長してゆく姿。インディーズ発の映画が成長してゆく姿。そして映画の時代設定と同じ2000 年代に、必死で稽古をしてきた時代劇俳優・山口馬木也が20年の時を経て主役になる姿。我々は何重ものブレイクスルーを目撃しているのだ。 積み上げられてきたものが一気に日の目を見てゆくこの状況は、さすがに時代劇リサーチャーとして筆者も胸が熱くなる。