「空気読め」──“みんな”が気になる他人指向型の大衆はいつ出現したのか
2 ジャイロスコープからレーダーへ
他人指向者は「周りと仲良く」することを重視しますので、周りの人の感情や周囲の自分に対する評価に敏感です。周りの人に嫌な思いをさせていないか、嫌な奴だと思われていないか、常に気にしているのです。リースマンは他人指向者の持つ心理機構をレーダーに例えました。レーダーは電波の反射によって周囲を探る装置ですが、図2のように他人指向者は自分の言動が周りに与える影響を周囲の表情や態度といった反応から読み取ろうとします。
LINEのメッセージを送ったのに読んでくれない、読んだのに返事がこない、どうしたんだろう、何か気を悪くするようなことをしたんだろうか……と未読スルーや既読スルーを気にするのは、このレーダー装置の働きによるといえるでしょう。図3は2014年から2017年にかけての授業内アンケートの結果ですが「何かをする前に、周りの人がどう思うかを気にする方だ」という質問に7割以上が「はい」と答えています。レーダー装置を備えた他人指向者は、今ではすっかり多数派になっています。 リースマンは、他人指向者は周りと違っていると不安になると述べています。「周囲と違うと、自分が間違っていると思う方だ」や「ムードで自分の考えを変える方だ」という質問には半数以上の学生が「はい」と答えました。これらの質問は「日ごろの生活のなかで不安を感じることがよくある」という質問とも正の相関があります。他人指向者は周りと仲良くやっていくために、常に周りに気を配り、レーダーで周囲の心理を探りながら慎重に進路を定めていることがうかがえます。 このようにお互いに心理の探りあいを繰り広げる他人指向者の中では、ジャイロスコープに従ってわが道を突き進む内部指向者はずいぶん異質に見えることでしょう。相手の気持ちを考えるよりは自分の信念に従って行動し、それを熱く語る内部指向者は、他人指向者からは無神経で無遠慮とも見られてしまいます。団塊の世代は今の若い人の間で人気がない傾向がありますが、それは単なる世代ギャップという以上に、ジャイロスコープとレーダーという搭載する心理機構の違いによるところが大きいのでしょう。「星」を目指す生き方は次第に過去のものとなっていったのでした。 2000年代初期に『プロジェクトX』という番組が年輩のサラリーマン層を中心に人気を博しました。黒部ダムや富士山レーダーをつくった挑戦者たちの奮闘を描く内容で、少数派になりつつあった職場の内部指向者が好んで見ていたのでしょう。主題歌は『地上の星』で、姿を消していった「星」たちを悼む歌声が涙を誘います。2002年の紅白歌合戦では中島みゆきさんが黒部ダムから歌っていました。 翌2003年の紅白のトリを飾ったのはSMAPの『世界に一つだけの花』です。“♪NO.1にならなくてもいい もともと特別なOnly one” というフレーズが印象的ですね。ナンバーワンを目指す、内部指向的な生き方をしなくていいんだよと訴える作品がこの時期に大ヒットしたのは、他人指向への移り変わりを印象付ける出来事でした。近年では内部指向者はスポーツや芸術の世界に活路を見出すことになります。