「本来なら泣いてはいけない立場」NHKの顔・桑子真帆の度胸と愛嬌、カメラの前でこぼれた涙
「泣いてはいけない立場」語った後悔、取材中にこぼれた涙
今年の2月には、取材で2週間ほどウクライナとその周辺国を訪れた。戦時下の国を訪れたのは、生まれて初めてのことだ。 「戦闘が続いている地域以外、ほとんどの場所では、日本と変わらない日常があります。学校や仕事に行って、家に帰ってくる。大きく違うのは、急に警報が鳴ることです。はじめて聞いたときは大変なことが起きていると思って、パニックになりました。でも周りを見ると誰も歩みを止めることはなく、お店も営業を続けていました。いちいち反応していたら心が持たないと、ウクライナの方々が懸命に日常を守っているところが、強く印象に残りました」 現地でも、外国に逃れたロシア人、家族を失ったウクライナ人、地元テレビ局のスタッフなど、さまざまな出会いがあった。そこで桑子は、カメラの前で涙を流した。スタッフは彼女がテレビで泣く場面を初めて見たと話す。 「兵士たちの墓が並び、日々それが増えていく。まだ土が掘り返されているだけで、整えられていないところもある。そんな現実を目の当たりにしました。お話を伺った人たちの、それぞれの思い。そうですね、今も思い出すだけで、あの空間はちょっと……ごめんなさい」 目の前で桑子は、涙をこぼしていた。自分でもコントロールができない涙。そう見えた。向き直り、あふれる思いと後悔の言葉を口にした。 「現場では、もう、自分の中の器が、いっぱいになってしまって。本来なら、泣いてはいけない立場、ちゃんと伝えることが仕事なのですが。現地に行くと、そういうことを考えていられないくらい、受け止めきれないものがあって……」 ウクライナから向かったラトビアでは、かつて『ニュースチェック11』『ニュースウオッチ9』で4年にわたりタッグを組んだ有馬嘉男(現在はNHKヨーロッパ総局副総局長)と再会した。桑子は有馬から、伝えたいことを「伝える」よりも、見ている人に自然に、確かに「伝わる」ことの大切さを学んだ。 「共有した時間がすべて、ものすごく濃密で貴重でした。有馬さんの言葉、伝え方、取材の蓄積、そこには真実があります。わかったように難しい言葉を並べるのではなくて、自分の中にある言葉で伝えようということを教えていただきました。再会したときは、もう感動でした。中継で一緒にやりとりをしながら放送を出したのですが、有馬さんの熱量に感化されて、終わったあとはボーッと放心状態でした。こういう出会いはなかなか人生で得られないと思うので、本当にありがたいです」 『クローズアップ現代』はこの春、30周年を迎える。ひとつのテーマを深めきるというスタイルは、当初から変わらない。桑子がもっとも大切にしているのは、ゲストとの「会話」だ。 「どうすれば、より“伝わる”のかを常に考えています。アナウンサーは決してロボットではない。何か温もりのある、私だから使える言葉、伝える表情、それはどういうものなんだろうと考え、反芻(はんすう)しながらここまでやってきました。これからも自分の言葉を大切に、“伝わるキャスター”を目指していきたいです」
--- 桑子真帆(くわこ・まほ) 神奈川県生まれ。NHKのアナウンサー。2010年、NHKに入局。初任地は長野放送局。広島放送局への異動を経て、2015年から東京アナウンス室で勤務。『NHKニュース7』『ブラタモリ』『ニュースウオッチ9』『おはよう日本』などを担当。紅白歌合戦では4度総合司会を務めた。2022年4月から『クローズアップ現代』のキャスターを担当。CBCの情報番組『ゴゴスマ』のMC石井亮次のファン。