日本酒米の“王者”山田錦に挑む被災地・石巻
東日本大震災の被災地の日本酒を見て驚いた。あれもこれも、「原料米・兵庫県産山田錦」とある。売り切れも続出した「復興日本酒」は、地元の米で作られていたわけではなかったのか? 東北は日本有数の米どころなのに-。そんな疑問を胸に向かったのは宮城県石巻市。そこには震災を機に地元との向き合い方を見直した酒造会社、山田錦を超える米作りに挑み始めた農家の姿があった。「地元の米で美味しい日本酒をつくろう」と走り始めた石巻の人々の思いを取材した。
酒米の「絶対的王者」 兵庫県産の山田錦
「うちの原料米の中で、宮城県産は2割なんです」。 石巻市の墨廼江酒造社長、澤口康紀さん(52)が明かす。多くを占めるのが、兵庫県産の酒米「山田錦」だ。酒米の「王者」「優等生」とも呼ばれ、日本酒の最高級である「吟醸」や「大吟醸」の原料に最も向いていると言われている。確かに、店頭や居酒屋でも「山田錦」という表示を目にすることが多い。 国内最大級の日本酒の審査会・全国新酒鑑評会でも、出品酒の8割以上が山田錦を原料としている。さらに山田錦の中でも8割は兵庫県産だ。主催する独立行政法人酒類総合研究所の担当者は「山田錦以外だと評価されないわけではない。でも例年、山田錦の入賞が多いからみんな山田錦で出すんだと思います」と話す。いったいなぜ、こんなにもてはやされるのか。 山田錦のいちばんの特徴は、大粒で、米の中心部にあるでんぷん(心白)が大きいことだ。吟醸や大吟醸酒は、30~60%近くお米を削り、心白周辺だけを残して作られる。お米は削れば削るほど、雑味の少ない透明感のある味になるので、削っても大きな心白の残る山田錦が重宝される。ほかにも低温できれいに溶けるため、低温発酵される大吟醸造りに向いているという理由もある。澤口社長は「杜氏にとって、とてもつくりやすいお米。仕上がりも、ボディ感のあるふくよかな味に仕上がるんです」と話す。
その山田錦の中でも最高峰と言われるのが、兵庫県三木市、加東市などの「特A地区」産だ。寒暖の差が、柔らかくふくらみのある米を育てるという。東北は寒冷な気候のせいで、実る期間が短すぎ、心白が十分できない。宮城県でも作る農家はいるが、兵庫県産のような本来の山田錦の特徴は出ないという。だから、酒造会社はそれぞれ農家やJAと契約し、兵庫から仕入れているのだ。石巻市の平孝酒造社長、平井孝浩さん(53)は「いいお酒はいい山田錦で作ってなんぼ。経営者としてもスタッフに最高の山田錦で酒造りをしてほしいという思いがある」と話す。