日本酒米の“王者”山田錦に挑む被災地・石巻
「山田錦を超えてやる」 石巻の酒米農家が抱く野望
「地元の米でいいお酒を」と願うのは、酒造会社だけではない。石巻で「蔵の華」や、現代農法での育成が難しくほとんど生産されなくなった珍しい酒米「亀の尾」などを栽培する太田俊治さん(60)は、県内や東北、関東の契約酒造に4種類の酒米を出荷している。 水田には津波は到達しなかったが、今でも周辺で整備事業が続いている。工事が終わり次第、作付面積を増やす予定だ。「地元の米を地元の酒造に使ってほしい。それが本来あるべき理想の姿だと思うから」と話す。 新たな酒米開発にも力を入れる。酒造会社の要望を受けて、山田錦の母親「山田穂」と「亀の尾」の掛け合わせに挑戦している。「いい酒米といい生産方法を鍛えて、酒造会社に安定供給できれば、日本酒はワインを超えて世界で通用できる」と信じている。
米など農産物の品種改良に取り組む宮城県古川農業試験場も、酒米開発に力を入れる。永野邦明場長は「蔵の華にはない味のバリエーションを増やさないとと思っている」と話す。震災前から酒米開発には取り組んできたが「これはいける、というのがなかった」という。3~4年後の品種登録を目指し、今は4種類ほどの候補を一つに絞っている。来年には実際に醸造試験も行う予定だ。 太田さんが忘れられないお酒に、福井県の「梵(ぼん) 日本の翼」がある。政府専用機の機内酒にも使われたという最高級品はやはり、兵庫県産山田錦を使っていた。「山田錦を超える米を開発したい。日本の翼を超えて、世界に通用するお酒にして、石巻の産業の一助になれば」と夢を語った。
もっとおいしい日本酒の誕生に期待
日本酒ブームのきっかけにもなった震災から5年。純米吟醸、純米大吟醸といった高級酒の人気は衰えない。「兵庫の山田錦一強状態」はまだまだ続きそうだ。だが被災地で少しずつ始まった「山田錦を超えたい」という挑戦は、そんな現状を変える可能性を秘めている。 地元の米で作る美味しいお酒ができれば、酒造会社や農家だけでなく、地域全体にとって大きな強みとチャンスになる。そして消費者にとっても、お酒を選ぶ楽しみがますます広がる。石巻で走り出した人々の酒造り、米作りにかける思いは強かった。「酒米の王者山田錦を超える、地元の米でしか作れないとっておきの日本酒」が飲める日は、遠くないはずだ。 (この記事はジャーナリストキャンプ2016石巻の作品です。執筆:熊崎未奈)
熊崎未奈