なぜ日本では国の代表者が公式参拝できないか? 橋下徹「『靖国問題』が最高のケーススタディーである理由」
現状、それができないとされる理由は2つあります。①「神道神学上の論理」と②「憲法上の問題」です。宗教法人である靖国神社は「一度合祀した霊は分けることができない」と分祀に反対しています。一度混ぜてしまった水は分離できないのと同様、一度合祀した霊は分祀できないという理屈です。しかしこれは神道神学における解釈であり、そのまま神道を信じていない外国人に説明して納得してもらえるかというと難しいでしょう。神道神学の解釈と政治的な態度振る舞いは別物で、政治的態度・振る舞いは神道神学に縛られる必要はありません。神道とは別に、政治的な「分祀」というものをやればいいのです。 では、仮に神道神学上の論理を乗り越え、国主導で分祀に踏み切る場合はどうでしょう。次に立ちふさがるのが、政教分離の原則に反するという「憲法上の問題」です。 もともと靖国神社は国家の管理下にありましたが、軍国主義の根幹とみなされた国家神道を解体すべく、戦後GHQにより民間の宗教法人になりました。また日本国憲法では政教分離の原則が採用されたので、政府は靖国神社の方針に口出しができない建て前になりました。GHQは、日本の国家が二度と靖国神社と結びつくことがないようにしたのです。 ただし打開策はあります。憲法改正、あるいは高度な政治判断です。仮に憲法改正という高いハードルを避け、高度な政治判断によって国が靖国神社に分祀を働きかけたらどうでしょう。それは憲法上の政教分離の原則には反するかもしれません。しかし、訴訟となった場合、裁判所は判決を下さない可能性もあります。極めて高度な政治判断ゆえ、司法の審査が及ばないとする考え(統治行為論)が働くかもしれないからです。 ■「戦争指導者と日本の一般国民とを分けて考えよう」 参考になる事例があります。1972年の日中国交正常化にあたり中国の周恩来首相が掲げた「戦争責任区分論」、いわゆる「二分論」です。自国民に向けて「悪いのは日本の戦争指導者だ。戦争指導者と日本の一般国民とを分けて考えよう」と訴え、日本への賠償請求権を放棄したのです。中国国内にも日本のイケイケ派と同じような面々は山ほどいたでしょうが、その声に右往左往しない見事な解決策でした。 周辺諸国との関係を考えると、日韓関係は今、韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領のもとで改善に向け大きく動き出しています。日本との関係改善は韓国国内では「譲歩」と映るので、これまたイケイケ派から反発が起きるのは必至です。しかし尹大統領は自らの政治生命を賭して、未来志向の関係構築に乗り出しているのです。その機運を、首相の靖国公式参拝の強行といった日本側の一方的な自己満足だけで潰すようなことになれば、日本全体の安全保障を害することになります。 日本の政治家たちは「防衛費増大」を声高に叫びますが、いくら予算を組み武器を増強しても、肝心の自衛官たちが危険な現場に従事してくれなければ「国防」は実現しません。国のリーダーが国を挙げて、国のために命を捧げてくださった方々に尊崇の念を表する。併せて国民も感謝と敬意と尊敬の念で報いる。それが欠けている国で、いったい誰が国防に命を賭すでしょうか。イケイケ派のように掛け声だけで靖国参拝を叫ぶのではなく、一刻も早く、首相と陛下が神社に参拝する環境を整える大改革を実行しなくてはならないのです。 ---------- 橋下 徹(はしもと・とおる) 元大阪市長・元大阪府知事 1969年生まれ。大阪府立北野高校、早稲田大学政治経済学部卒業。弁護士。2008年から大阪府知事、大阪市長として府市政の改革に尽力。15年12月、政界引退。北野高校時代はラグビー部に所属し、3年生のとき全国大会(花園)に出場。『実行力』『異端のすすめ』『交渉力』『大阪都構想&万博の表とウラ全部話そう』など著書多数。最新の著作は『政権変容論』(講談社)。 ----------
元大阪市長・元大阪府知事 橋下 徹 構成=三浦愛美