「猫の世話は楽」という予想を覆されたあの日 それでも2匹はかけがえのない存在に
予想は覆された
家に着いてキャリーバッグから2匹を出した。最初はくっつきあってじっとしていたが、やがて家の中の散策をはじめた。特に警戒したり怖がったりする様子もなく、まるで昔からこの家にいるかのようにご飯を食べ、トイレで排泄をした。 須賀子さんは安堵した。キジシロの女の子は「モモ」、キジトラの男の子は「ブラン」、と名付けた。 猫は犬より静かで1匹でいるのが好き。人間とは適度な距離を置き、自分の気がむいたとき以外にベタベタされるのを嫌う。いわゆる「ツンデレ」気質で、少なくとも最初はあまり構わず、そっとしておいたほうがいいだろうと思っていた。 だが、この予想は覆された。 翌日から2匹は、常に須賀子さんのあとをついて周るようになった。「なでて」「ごはん」と催促をし、そうでないときは家中を駆け回り、チェストや食卓はもちろん、食器棚、さらにはエアコンの上まで、ありとあらゆる場所にのぼっては降りてをくりかえした。 飾ってあるものを端からつついて落とすので、須賀子さんは悲鳴をあげた。だが、子猫たちに悪気はなく、彼らにとっては家中が遊園地みたいなものなのだ。 2匹の性格の違いはすぐに明らかになった。モモはおてんばで、いたずら好き。ブランはおっとりしていて慎重派。あやまって浴槽に落ちるなど何かを「やらかす」のはいつもモモ。その行動に触発されて動くのがブラン、という関係だった。 モモは人間の食べ物にも興味津々で、食卓の上にあれば佃煮でも、お菓子でも、なんでも口をつけようとした。実際に食べるのは食いしん坊のブランで、モモは好奇心が先立っているようだった。
真夜中の運動会
ある日外出先から戻ると、台所のゴミ箱の中のゴミが散乱しており、驚愕(きょうがく)したことがあった。その中心には2匹の猫。「コラ!」と叱ってもどこ吹く風で「え、何がいけないの?」という表情で須賀子さんを見つめ、別の日にまた同じことを繰り返した。 犬の場合ははきちんとしつけ、「ダメ」と叱れば言うことを聞いた。それに、高いところには飛び乗らなかった。犬と猫との習性の違い、身体能力の違いは須賀子さんを驚かせた。 きわめつけは、真夜中の運動会だった。 2匹を家に迎えて、数カ月が経った頃だった。リビングに隣接する和室で寝ている須賀子さんは「ドドドドド」という地響きのような音に驚いて目を覚まし、ふすまを開けた。 すると、モモとブランの2匹がリビング内を全速力で駆け回っていた。追いかけっこをしていたのだ。見ると、食卓に上にうっかり出しっぱなしにしておいた麦茶のポットが倒れ、床が濡れていた。 掃除をしながら、須賀子さんはため息をついた。猫が、こんなに騒がしい生きものだったなんて……。 運動会は毎晩続き、「やめなさい」と言っても当然もきかない。こんなことが繰り返されると寝不足になってたまらない。猫を飼っている友人たちに相談すると「そのうち、おさまるよ」とのことだったが、その気配はなかった。 寝る部屋を変えようか、耳栓をしようか。 そう考えているうちに、いつのまにか須賀子さんは慣れた。「ああ、やっているな」としか思わなくなった。