<リオ五輪>吉田沙保里はなぜ負けたのか? 父不在で克服できなかった重圧
吉田はマットに顔を突っ伏してしばらく起き上がれなかった。1-4から逆転ポイントを狙ったが、時間切れ。客席全体からは、米国の応援席以外、大きなため息が漏れた。前日、49kg級で金メダリストになった登坂絵莉は、観客席で子どものように顔をゆがめて、文字通り「おーんおん」と泣き出した。日本中から期待されていた吉田の五輪4連覇は成し遂げられずに4回目の五輪が終わった。 「最後、気持ちで負けてしまいました。相手の押しが強くて、どうしても私に勝ちたい気持ちが伝わってきて、空回りした部分はありました。私が負けたのは、彼女が私より強かったということです」 試合直後、吉田はこう敗因を語ったが、マルーリスが施してきた吉田対策のペースに乗せられたまま進み、終わった試合だった。 いつものように、両腕を脇にそろえて一礼をしてからマット中央へ向かった吉田に対し、マルーリスはマットに描かれたレッドゾーン(円)の手前でしゃがみこみ、下を向いていつになく長く瞑想してから動き出した。歴史をつくろうとする吉田への期待にあらがう勇気をかき集めたマルーリスは、専属コーチが「2年前からそればかり考えてきた」という、吉田を破って金メダルを獲得するための試合を進めていった。米国メディアの取材に対し、マルーリスは次のように答えている。 「吉田さんに勝つために、あらゆる彼女の資料を集めました。日本語のインタビューを英語に翻訳して、彼女はなぜ強いのか、弱点は何かを考え抜きました。日本でとても人気がある彼女が歴史を作ろうとするのを阻むことは、とても怖かった。試合に勝った瞬間は、本当なの? やったんだと言葉にならない嬉しさでした」 決勝戦で吉田に対してマルーリスがとった対策は、実は、さほど目新しいものではない。タックルを得点源とする吉田に、密着して距離を詰め、タックルさせないというものだ。今回のマルーリスは、吉田の手首を執拗につかむことでそれを実現させた。人間は首、手首、足首など、関節部分を抑えられるだけで、体のコントロールを失う。その施策をマルーリスは6分間の試合のあいだずっと続けた。 過去にも似たような対策が施されても、吉田は接近戦を試みる相手につきあわず、あくまで自分のペースで試合をすすめ、世界連覇を伸ばしてきた。ところが、今回はマルーリスが思い描く試合プランに吉田がつきあってしまい、最後までタックルすることなく、テクニカルポイントを取れないまま決勝戦を終えた。 「なんで距離をとらなかったんだ。つきあっちゃいかんよ」。試合後、言葉少なくなった日本の指導陣からは、こんな声が漏れた。