損したくない人は気づいている…「新紙幣切り替え」で起こる「意外な効果」
タンス預金が引き出される動機に
つまり、物価上昇が進んでいる時に現金を継続保有するという行為は、物価上昇分だけ資産価値を失ったことと同義になる。このメカニズムに気付かない人も少なくないが、マネーの動きに敏感な人は、インフレが進むと現金保有が損であることを理解し、現金を手放して、株式や不動産、外貨など価値が毀損しない資産への乗り換えを行う。そうなるとタンス預金も市場に出てくることになり、これが他の実物資産に入れ替わる現象が発生しうる。 紙幣はデザインが変更されても旧紙幣は引き続き利用できるので、新紙幣の発行が直接的にタンス預金のあぶり出しにつながるわけではない。だが人間の心理として、インフレが進み、現金保有の効果が疑問視される中、紙幣のデザインが変わると、タンス預金を引き出す動機になる可能性はそれなりに高い。 2024年6月27日に発表された日銀の資金循環統計によると、家計が保有する金融資産の残高は2199兆円と前年比で7%以上も増えた。日本の個人金融資産は現預金が大半を占めており、株式などのリスク資産の比率が低いというのがこれまでの常識だった。 現在でも資産の大半は現預金ではあるものの、近年の資金の動きを見ると、徐々にではあるが、その図式が変わりつつある。
日本の貨幣経済が変わる
個人金融資産全体の増加は7.1%だったが、中でも投資信託と株式は30%を超える大幅な増加となった。これに対して現金預金はわずか1.1%増にとどまっており、相対的に現預金が減っている状況だ。 投資信託と株式の伸びが極めて大きかったことの背景には、ドル建ての投資信託や外国株の残高が、円安の進展によって増大したことがある。だが、個人投資家で外国株投資をしている人は少数派であり、日本人の多くが国内投資を行っている現実や日経平均が大幅に上昇したことなどを考え合わせると、定期預金などから株式や投資信託などへの切り替えが進んだ様子が浮かび上がる。 このままインフレが続いた場合、多くのタンス預金の保有者が、現金保有は損であることに気づき始め、実物資産に切り替える動きが加速してくるだろう。そうなると、ただでさえ現金が余剰となる中、現金を手放す動きが顕著となるため、さらにインフレが加速する可能性が否定できない。 また若い世代の投資家は、中高年層の投資家とは異なり、外国株への投資に大きな抵抗感がない。今年から新NISA(少額投資非課税制度)がスタートしたが、新規に口座開設した投資家における人気ナンバーワンの商品は、諸外国の優良株に投資する投資信託となっている。 こうした商品の売れ行きが伸びれば、貯蓄から投資へという動きに加え、円からドルへという動きも加わるので、円安とインフレがさらに進むことになり、これがさらに現金を手放す原動力となってしまう。 今回の新紙幣切り替えは、スケジュール通りの動きであり、特段大きな意味はないが、結果として日本の貨幣経済を大きく変えるきっかけとなるかもしれない。
加谷 珪一