男を遠ざけてきた母が、ある日突然「いつまで独身でいるつもり?」と聞いてきた。過干渉な母の呪縛をメンエス嬢が断ち切る話【作者に聞く】
メンズエステとは、マッサージを中心とした施術で心身の癒やしを提供する男性向けのお店のこと。「メンエス嬢加恋・職業は恋愛です」は、そんなメンズエステを舞台にした創作漫画。肌に触れるだけで人の心の奥底までも理解してしまうメンエス嬢の加恋が、店にやって来た“訳アリ”な客の心身を癒やしそっと背中を押してくれる人間ドラマだ。描くのは漫画家の蒼乃シュウ(@pinokodoaonoshu)さん。 【漫画】本編を読む 今回は、「メンズエステに来た女」。ある悩みから、男装してメンズエステにやって来た早乙女若菜。加恋を一目見て「この人なら私の望みを叶えてくれるかも」と感じるが、すぐに女性だとバレてしまい…。 ■メンエス嬢の施術を受けてみたい女性もいるのでは? 今まで店を訪れる訳アリ客は男性だったが、今回の客は女性だ。なぜ男性専門の店を舞台に、女性客を描こうと思ったのだろう。 「現実ではメンズエステに間違って女性客が訪れることも、珍しくないと聞きました。それによく調べてみると、多くの店は女性客もOKだそうです。レズ風俗も一時話題になりましたが風俗とまではいかなくても、もしかすると女性から密な施術を受けてみたい女性も多いのでは?と思うようになったんです」 ■緩やかにねっとりと縛り付けてくる「過干渉の母親」を表現したかった 今まで何度か男の人と付き合うものの、キス以上のことをされるのが耐えられず、最終的には愛想を尽かされてきた若菜。「女性に対してならそういう気持ちがわいてくるのかも?」と思い店を訪れたと打ち明けるが、加恋が肌に触れると見えてきたのは、母親に束縛されて育ってきた姿だった。 今回の話のテーマや読者に伝えたかったことを、蒼乃シュウさんに聞いてみた。 「以前から気になっていた『母と娘』の関係について描きたいと思いました。これまでの客も『親の言葉』がトラウマの原因になっていることが多いのですが、暴言やネグレクトなどのわかりやすい毒親ではなく、もっと緩やかにねっとりと縛り付けてくる過干渉の母親を表現したかったんです」 傍から見ると仲睦まじい母娘でも、実は過干渉なパターンもあるという。 「本人も気がつかないうちに母親から意思も力も奪われてしまっていることは、よくあることだと思います。大好きなお母さんを傷つけてはいけないと、娘が罪悪感を抱くように仕向けられていることも多いかと…。ただ、すべて親のせいだ!と言いたいわけではなく、そこに気づくことで自分を取り戻すことは可能ではないでしょうか」 小さいころは若菜にピンクやフリルを着せていたが、徐々に女の子らしいものを嫌うようになり、男を遠ざけるようになってきた母親。だが若菜が20代半ばになると、突然「あんたいつまで独身でいるつもり?」と聞いてくる。この描写に呆気にとられた筆者だが、それと同時に現実でもありそうだと感じた。このシーンに込めた思いについて聞いてみた。 「このエピソードは、以前友人から聞いた話を元にしました。母親から『絶対に就職しなくちゃだめよ』と言われ続けてきたから就職したのに、次は『いつまで勤めてるの、早く結婚しなさい』と言われて愕然としたそうです。母親の期待する娘になろうと、友人は努力したのに。きっと次は『孫の顔を見せろ』、その次は『同居して面倒みろ』と言い出すだろうし、いつまでたってもキリがありません。母親自身は娘のためを思って言っているつもりなのでしょうが、実は何も考えていないように感じます」 ■自身を縛り付ける誰かからの心ない言葉は、鎖でも太いロープでもなく、あくまで細い糸 母親から逃れるために一人暮らしをはじめ、恋人もつくった若菜。だが恋人への愛情が本物ではなかったから、キス以上のことができなかったのだろうか。 「こういう過干渉な母親から逃れるきっかけとして、恋人をつくる人は多いように思います。でも彼氏ができたとしても、これで解放されたとは言いきれないのではないでしょうか。若菜は母親の話し相手になることで、母親の役に立つ『いい娘』でいたいと思うように育てられました。若菜自身もその役割を引き受けることに、満足していました。なので、この状態のまま母親から離れたとしても、彼氏のことを無意識に『母親の代わり』として接してしまい、解決には至らないように思います」 また蒼乃シュウさんいわく若菜のようなタイプは、自分から好きになって付き合うよりも、言い寄られて仕方なく…というパターンが多いように思うとのこと。 「幼いときから母親の顔色をうかがってきた若菜は、自分よりも彼氏の気持ちを優先してしまい、嫌われたくないからなんでも言うことを聞いてしまうタイプだと思います。彼氏も『この子なら思い通りにできそうだ』などと思って、近づいてくる人間ばかりのような…。若菜は無意識でそれに気づいていたから、『これ以上はだめだ』と体が叫んでいたのでしょう」 母親から逃げるように彼氏をつくっても、まだ操られているように感じる若菜。そんな彼女に加恋は、「あなたはもうお母さんの思い通りにならなくていい。自分の人生を生きて」と言葉をかけ、身体中に巻き付いていた細い糸を断ち切る。この描写に込めた思いを教えてくれた。 「母親から巻き付けられたのは、鎖でも太いロープでもなく、あくまで細い糸です。切ろうと思えば自分でも、断ち切ることができます。親や誰かからの心ない言葉に傷つけられ、トラウマのように縛られていると感じる人も、気持ち次第で断ち切ることができるのではないでしょうか。すべての人が自分らしく生きていけることを、加恋は願っています」 加恋の施術を通じて、母の呪縛から逃れるために恋人を作ろうと焦っていたことに気づいた若菜。これからは自分の決めた生き方に自信を持つと誓い、「加恋さんも自分の人生を生きてくださいね!」と笑顔で店を去る。だが、この言葉を聞いた加恋に笑顔はない。数々の客を癒やしてきた彼女が、自身の抱える闇と向き合う日は来るのだろうか。今後も楽しみにしてほしい。 取材・文=石川知京