新喜劇座長・川畑泰史が語る!「小籔は一番エエヤツ」
吉本新喜劇座長の川畑泰史さん(49)。2007年に座長に就任し、今年で就任10年目となりました。吉本興業の人気者が集結するイベント「東京グランド花月」(9月29日~10月2日、東京・サンシャイン劇場)にも出演。今は新喜劇に人気者が続々と登場し“新喜劇ブーム”の到来とも言われていますが、人生の恩人に挙げたのは、ともに歩んできた新喜劇の後輩・小籔千豊さんでした。 【拡大写真付き】最年少座長の小籔千豊「実は芸人辞めるつもりだった」
恩人は、小籔くんです。小籔がいなかったら、今の僕は絶対にいてない。もちろん、座長にもなってないと思います。そう言い切れるくらい、大きな存在です。 小籔と初めて仕事で一緒になったのは、今から16年、17年前。当時、大衆演劇と新喜劇と若手芸人のコラボ公演が大阪・うめだ花月であって、そこに僕は新喜劇の一員として、小籔は当時組んでいたコンビ「ビリジアン」として出ていたんです。 他の若手で言うと「野性爆弾」、「キングコング」、「ロザン」、「ランディーズ」らも出てました。その頃、人気があった若手ばっかりが出てたんですけど、その中で、僕が見て、ダントツにおもしろかったのが小籔やったんです。 大衆演劇だし、舞台の設定は時代劇。その中で、若手たちは、借金の取り立てをするヤクザ役みたいな感じで出てきて、ま、大喜利的に順々にボケていって、僕がツッコミを入れるという流れやったんです。 みんな若いし、ホンマに好き勝手してましたわ(笑)。時代劇やのにちゃんとカツラをかぶらずに出てきたり、自分の得意ギャグを連発したり。その中で、小籔はきちんとお芝居の流れに乗っかったボケをするんです。ヤクザとして取り立てにきているという流れをふまえてボケる。この子はすごいなと。それが素直な第一印象でした。
そこからよく話をしたりするようになるんですけど、うめだ花月での1年後くらいに小籔がコンビを解散して新喜劇に入ってくることになったんです。 今は、それこそ小籔の影響もあって、新喜劇以外の漫才師さんとかと新喜劇のメンバーが絡む機会が増えましたけど、以前は、新喜劇以外の芸人さんと新喜劇メンバーが接点を持つ機会というのはほとんどなかった。だから、小籔が入ってきた時も、コンビとして人気もあったのに、新喜劇の中では「なんか、背の高いおもしろい顔のヤツが入ってきた」くらいの認識しかなかったんです。 ただ、僕はうめだ花月の時の印象もあったので、純粋にうれしかった。おもしろい奴が入ってきてくれたと。また、小籔が新喜劇の中で一番接点があったんも僕やったんで、舞台の合間に毎回のようにお茶をしに行ったり、仕事が終わってから飲みにもよく行ってました。 さっきも言ったように、当時の新喜劇は新喜劇以外の芸人さんとの交流が本当になかったので、小籔からしたら、入ってはみたものの、未知の世界。「これって、どうしたらいいんですかね」という基本的な質問も僕にやったらしやすいというのもあったんですかね。そんなこともたくさん尋ねられましたし、それと同時に「これって、どうなんですかね…?」という新喜劇に対する素朴かつ鋭い疑問みたいなことも言ってました。外の人からニュートラルに見たら、そら、疑問に思うよなという、古くからの新喜劇の暗黙のルールみたいな部分にも疑問を感じてました。 ま、今の小籔の物言いを見てもらったら、なんとなく想像してもらえるかとも思うんですけど、どんな疑問やったかを改めてここで言うと、いろいろ差しさわりがあるくらい、ストレートで辛辣(しんらつ)な疑問でもありましたけど(笑)。