『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』監督が語る「罪と赦し」。映画制作の背景とは
「本作は『人間の混沌さ』を映し出す」。映画が解き明かしたガリアーノという人物
本ドキュメンタリーで追うのが、ファッション界に革命を起こし、いまだにファンが多いデザイナー、ジョン・ガリアーノだ。ガリアーノは、1985年に自身の名を冠したブランドでロンドンコレクションデビュー。以来、独創的で物語性のあるアヴァンギャルドなデザインで注目を浴びてきた。映画では、その眩しいほどのサクセスストーリーが丁寧に描かれる。 しかしキャリア絶頂期ともいえる2011年、ガリアーノはパリのカフェで近くに座っていたカップルに人種差別的な発言をしたため、警察に逮捕されたのだ。作中に登場する被害者の一人は、いまだに心の傷が癒えないと話す。また、被害当事者だけでなく、彼の人種差別的暴言の対象となったコミュニティをも傷つけたことはいうまでもない。 作中では、彼がメンタルヘルスの問題を抱えていたことや、不可能と思われるような仕事量を与えられ、休みなく働かせられていたことで正気を失っていく様子も描かれているとはいえ、被害者をはじめ多くの人を傷つけたという事実は変わらない。しかし、マクドナルド監督は、起こったことに対して、この映画で道徳的判断を下すことはしない。代わりに、ガリアーノという人物を解き明かしていく。 「ガリアーノが起こした出来事を単なる『キャンセルカルチャーの物語』だとすることは彼を一般化することであり、ドキュメンタリーという点では面白くありません。漠然とした概念よりも、とても個人的な特定のテーマを探るときにドキュメンタリーは輝くと思っています。 ジョンが興味深いのは、彼が感じたことをそのまま話すところです。キャンセルカルチャーが広がった今日の社会では、ジョンのような有名人には言うべきことを指示するPR担当者がいるはずですが、ジョンはそういった人をつけませんでした。現在デザイナーとして携わっているマルジェラも、この映画の撮影のことすら知りませんでした。そのほうがイメージを守れるにもかかわらず、なぜ彼は自分自身にとっても利益となる行動をとらないのか。それが『人間の混沌さ』ではないでしょうか。人は、機械のようにいつも正しく動くことはできないのです」 作中では、アルコールやドラッグ、メンタルヘルスなどの問題を抱えながらもアートを生み出すことに真摯に向き合い、身近な人に慕われているガリアーノも描かれる。事実、人種差別的な発言をしたにもかかわらず、本作には多くの著名人がガリアーノについて語るために登場する。それも、トップモデルのケイト・モスやナオミ・キャンベル、俳優のペネロペ・クルスやシャーリーズ・セロン、『VOGUE』アメリカ版の伝説的編集長アナ・ウィンターなど、名だたる面々だ。監督自身も、制作の過程で生まれたガリアーノへの好意を否定はしなかった。白黒で語らせない何かしらの力あるいは魅力をガリアーノが持っているのだろうかと考えさせられる。 ドキュメンタリーをつくるうえで、深く話を聞くためには、題材となる人物から信頼を得ることが必須だと想像できるが、今作のように加害性を持った人物を相手に複雑なテーマを描くとき、どのように公平性を保ちながら関係を築いていくのだろうか。 「ドキュメンタリー映画においての公平性はとても興味深い問いです。今回はとくに挑戦でした。私は自然とアンダードッグの肩を持ってしまう。誰かが攻撃されていたら、おそらく私はまずその人側につくと思います。ジョンに対してそういった感情を持っていた自分もいると思います。 でも、傷ついたユダヤ人コミュニティや近しい関係者、そして犠牲者であるフィリップ(実際に差別発言の被害に遭った男性。作中に登場する)と映画に出ることを望まなかった女性側も理解し、バランスをとることを心がけました。編集者とともに、編集の段階でも公平さを保つことを意識しました。ただ興味深いことにカメラの前でジョンを責める人を見つけることは難しかったのです。とくにユダヤ人コミュニティはそうでしたが、『赦さない人』として誰も認識されたくはないからかもしれないです」