『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』監督が語る「罪と赦し」。映画制作の背景とは
9月20日(金)に劇場公開を迎えた『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』は、間違いなくほかのファッションドキュメンタリー映画とは一線を画す。 【画像】『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』より 主役はイギリスのファッションデザイナーであるジョン・ガリアーノ。現在は「メゾン・マルジェラ」のクリエイティブディレクターを担い、印象的なコレクションを次々と発表。天才デザイナーの名をほしいままにしている。 「マルジェラ」に来る以前、ガリアーノは「ある事件」ですべてを失い失脚した。この映画は、その一部始終にスポットライトを当て、ガリアーノ本人に「過去の過ち」について切り込む。「ファッション映画の枠を超えた」ともいえる本作は、どんな意図と経緯のもとでつくられたのか。取材に応えた監督のケヴィン・マクドナルドに、ライター・南のえみが訊く。
「ポスト宗教社会」における「赦し」とは?監督が語る本作の出発点
有名人が社会規範に背いたとき、何が起こるのか。当人たちはその経験にどう対処し、社会からどう許しを請うのか。 2010年代後半から耳にするようになった「キャンセルカルチャー」という言葉。社会的に好ましくない言動をした個人・組織をSNSなどで糾弾し、不買運動を起こしたり、ボイコットしたりすることで、社会から排除しようとする動きを指す。 「罪を犯して刑務所に入ったとしても、刑を終えたら出所できます。誰かを殺しても、20年で出てくる人がいます。私たちはどうやって誰かを赦すのか。そんな問いがこの映画の出発点です」。そう話すのは、監督のケヴィン・マクドナルドだ。 過去に、ミュンヘンオリンピック事件を扱ったドキュメンタリー『ブラック・セプテンバー/五輪テロの真実』(1999年)で、『アカデミー賞』長編ドキュメンタリー部門を受賞。『運命を分けたザイル』(2003年)では、アンデスで遭難した2人の登山家の体験を、本人たちの証言と再現映像で蘇らせて『英国アカデミー賞』を受賞した。 そんな実力派監督が注目したのが、ファッション界の「革命児」とも称されているジョン・ガリアーノである。ガリアーノは、1995年に「ジバンシィ」、1996年に「クリスチャン・ディオール」と、世界的ブランドのデザイナーに次々と抜擢され、ファッション界の至宝と称えられていた。しかし絶頂期だった2011年2月、反ユダヤ主義的暴言を吐く動画が拡散。その後有罪となり、「クリスチャン・ディオール」および自身のブランド「ジョン・ガリアーノ」を解雇され、文字どおり「すべて」を失った。事件から13年たったいま、『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』では、ガリアーノ本人がカメラの前に座り、過去を振り返る。 マクドナルド監督が最初にキャンセルカルチャーに関心を寄せたのは、パンデミックの最中だったという。自身が身を置く映画業界でたくさんの人が「キャンセルされていく」のを目の当たりにして、その現象に興味を持ったそうだ。 「映画業界の人が次々とキャンセルされていくのを見て、とくにポスト宗教社会において、どのように赦しを乞うのかという問いが浮かびました。それがこのドキュメンタリーのはじまりです」 マクドナルド監督は「キャンセルカルチャーは権力者が行動をあらためるきっかけになり、社会を良くした」と断言すると同時に、芸術・表現活動への影響に懸念を抱いていた。 「アートという文脈ではネガティブに影響することもあると思います。一定の自分のアイデアを表現することが怖くなってしまう場合があるからです。それはアートにとって良いこととはいえません。また、どの社会運動にもいえることですが、行きすぎたり、白黒がはっきりしすぎたりする危険性もあります」