「わたしらしからぬことをした」 女優・南沢奈央が告白した“罪深き”行為の結末
罪深きつまみ食い
先日、酔いにまかせて、わたしらしからぬことをしてしまった。 知人に教えてもらった近所のお店にふらっと行ったときのこと。そこはカウンターメインで、小さなテーブルが一つあるだけのこじんまりとしたお店。一人でもとても居心地がいい。わたしはカウンターの端の席で飲んでいた。周りの様子を見ると、カウンターには同じように一人客が多く、スマホを見たり、食事に集中したり、ときどき店主の方と話したりして楽しんでいる。 「駅前の雑貨屋さんが月末に閉店するって知ってました?」「うわさで聞きました。文房具とか日用品も売ってたからけっこう使ってたんですけどねぇ、残念」「次、ジムになるらしいですよ」「えー、並びにジムあるのに」……。 え! 閉店するなんて知らなかった! しかも雑貨屋からのジム?! ご近所トークが繰り広げられていてつい会話に入りそうになるが、わたしはこのお店に初めてきた新参者。調子に乗ってはいけない。衝動をレモンサワーで飲み込む。 飲み込んだはずだったが、しばらくして店主から「ご近所ですか?」と声をかけられて、「あ、はい! 駅前の雑貨屋さん閉店するなんて、びっくりです!」と、答えてしまった。やらかした、と思った。「さっきの会話を盗み聞きしていました!」と自白したようなものだ。だが、それが会話の種になって他の近所のお店の話に展開していったから一安心。お酒のほうは、白ワインに展開した。 徐々に賑わってきて、店主の方も忙しくなってきて悠長に会話してもいられなくなり、わたしはまた一人黙々と料理とお酒を楽しむ。小説を持ってきていたが、一度店主と会話したことでオープンマインドになってしまったから読書を始める気分にもならず。 するとずっと空いていた隣の席に、女性が一人入ってきた。隣だから顔を見ることができないが、声を聞く限りは同じくらいの年頃。慣れた様子で注文し、スマホをテーブルに置いて何かを見ながら飲み始めた。 決して覗くつもりはなかった。だが、目に入ってしまった。あのわたしも大好きなアプリ。そう、登山アプリ「YAMAP」である。全国各地の登山情報を網羅していて、ルートやユーザーの登山記録を見ることができる。わたしも登山計画を立てるときには必ず使うし、誰かの登山記録を見て妄想登山することも。 飲みながらYAMAPを見ているということは、相当な山好きだ。冬山も行くのだろうか。これまでどんな山に登ってきたのだろう――。胸がどきどきする。声をかけたい。だが、それこそスマホを覗いていると自白するようなものだ。ぐっと堪えて、赤ワインを注文する。 閉店時間も近づいてきて、店内にはわたしを含めカウンターに3人だけになっていた。YAMAPさんと、店主とよくお話されていた50代くらいの男性だ。すると男性が、こちらが女友達で飲んでいると勘違いしたようで、「二人でよくいらっしゃるんですか?」と声を掛けてきた。「あ、いや……初めましてです」と、ここでようやく顔を見合わせ、笑い合った。 笑顔が素敵でとても気さくな方だった。少しずつ話を聞いていくと、同世代でしかもご近所。詳しくは話さなかったが、仕事もどうやら近い業種のようで盛り上がる。そこでつい、気が大きくなってしまった。 「YAMAP見てましたよね、山お好きなんですか?」。言わないように言わないようにと心に留めてきたことを。それはつまり、「スマホを盗み見していました!」と言っているようなものではないか……。いや、そんなつもりはまったくない。「ちょっとチラッと見えてしまったんですけど」程度のものだ。弁明すればいいものを、「わたしも山好きなんです!」とさらに畳みかけてしまった。 その後有難いことにしばし山の話題で意気投合し、途中まで一緒に歩いて帰り、「今度一緒に登山行きましょうね!」と言い合って別れた。お店で、知らない人と会話することはままある。その距離の詰め方がなかなかにわたしらしからぬ、盗み聞き、覗き見を利用したものになってしまったのだった。