155年続く木村屋總本店が本気で「パン食い競争」に取り組む理由
受け継がれていた思想
そんな木村屋總本店だが、パン食い競争以外にもユニークな取り組みをしている。例えば全国に木村屋というパン屋が、木村屋總本店とは関係なしにたくさんあるのだが、「木村屋睦会」なるものを作ってネットワークしている。そこには木村屋總本店で働いていた方が独立して地方に作った木村屋もあれば、まったく関係のない木村屋もあるという。銀座という一等地の著名な老舗パン屋ともなれば、商標の管理などガチガチに行なってそうだが、なんともおおらかだ。そこには銀座の旦那衆の粋というか、包含的な視点が垣間見れ、懐深いライフスタンスを感じさせる。 これまでの連載記事では、日本交通のように業務効率を極めていく中で生まれたライフスタンス、太宰府天満宮やPizza 4P’sのように自覚的に生み出したライフスタンスを紹介してきたが、今回は図らずも現れるライフスタンスである。ただライフスタンスが無自覚に現れるのには、理由があると思っている。木村屋總本店の場合、初代から受け継いできた「文化をつくって、どう広げていくか」という思想が根づいており、それが木村屋睦会やパン食い競争のように広くソーシャルに開けた座組みにつながっている。 私も「日本の工芸を元気にする!」というビジョンを掲げて中川政七商店を経営してきて、この流れは私から始まったと思っている。ところが昔の文献を調べてみると、私の曽祖父にあたる10代中川政七が、奈良晒が滅びようとしているのを食い止めようと、自分たちで資本を出して再建させている。もちろん曽祖父には会ったことがないし、そういった活動が継承されてきた訳ではないが、ある時ふと「あれ、やっていることが同じだ」と、図らずもつながった感覚があった。 これらのことから見えてくるのは、過去に会社がどのようなことをやってきたのかを、少し抽象度を上げて見てみると、自分たちが今やっていることとリンクして、ブランドの一貫性が担保されたり、アイデンティティが滲み出てくるのではないかということだ。特に社歴の長い会社ほど、昔決めた社訓などがなんとなく残っているが、今の時代にフィットしたかたちで言語化されてなかったり、なんとなくの雰囲気で経営してしまっていることが多いのではなかろうか。 過去の歴史を紐解いて、改めてビジョンやパーパスとして言語化することで、気づいていなかった価値を掘り起こせたり、現代の社会状況と思わぬ形でリンクして、新しいイノベーションを生み出せるかもしれない。それこそ「ライフスタンス」が滲み出てくるような会社やブランドを再構築できるのではないかと思う。
中川 淳