哲学が「受験数学化」した現状を打破、「世界・人生のみかた」に変革を与える一冊―森田 邦久『哲学の世界 時間・運命・人生のパラドクス』橋爪 大三郎による書評
≪一見妥当に思える推論≫で≪驚くべき結論を導く≫パラドクス。ギリシャの昔から哲学の常道だ。 運動は可能なのか?/時間は流れているのか?/運命は決まっているのか?/死は悪いことか?/私たちは自由なのか?/人生に意味はあるのか? 目次の並びを見るだけでも頭がくらくらする。≪読者の「世界・人生のみかた」に変革を与えること≫が本書の目標なのだという。 著者の森田邦久氏は科学哲学と分析哲学が専門。世界中の論文を読みまくってふんだんに引用、奇抜な議論が山盛りだ。最近の哲学はこんなふうなのかと概観できてよい。 こんな印象ももつ。二○世紀後半から分析哲学が全盛で、哲学が受験数学みたいになった。かつてプラグマティズムは宗教の争いを止め、人びとに幸福をもたらした。分析哲学は科学に寄りすぎで、人びとは置いてきぼり。その反動で宗教に救いを求め、福音派が出てきたのでは。 分析哲学でなければ、ポストモダン。やはりお高くとまっている。 その現状を打ち破るべく、著者は大学の哲学の講義に工夫をこらしている。その成果をふんだんに盛り込んだ本書は、かなりお勧めだ。 [書き手] 橋爪 大三郎 社会学者。 1948年生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。執筆活動を経て、1989年より東工大に勤務。現在、東京工業大学名誉教授。 著書に『仏教の言説戦略』(勁草書房)、『世界がわかる宗教社会学入門』(ちくま文庫)、『はじめての構造主義』(講談社現代新書)、『社会の不思議』(朝日出版社)など多数。近著に『裁判員の教科書』(ミネルヴァ書房)、『はじめての言語ゲーム』(講談社)がある。 [書籍情報]『哲学の世界 時間・運命・人生のパラドクス』 著者:森田 邦久 / 出版社:講談社 / 発売日:2024年05月16日 / ISBN:4065355788 毎日新聞 2024年11月2日掲載
橋爪 大三郎
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