「凱旋門賞制覇は「夢」から「目標」へ」馳 星周×矢作芳人〈JRA調教師〉『フェスタ』
馬を愛さない理由
――『フェスタ』はカムナビという一頭の競走馬が成長していく物語でもありますが、矢作先生はカムナビのことをどう思われましたか。 矢作 面白かったねえ。いますよ、ああいう馬。いるんですけど、なかなかあれだけ走ってはくれないですね。でも、パンサラッサも似たような部分があったかなと思います。ある意味、狂気を感じさせる馬でしたから。 馳 パンサラッサはドバイターフとサウジカップで勝った。国内と海外では要求される能力が違うから、海外のほうが合っている馬がいるんですよね。 矢作 あとは環境ですね。日本のトレーニングセンターは美浦(みほ)と栗東(りっとう)の二か所だけで、馬がたくさんいて、ざわざわしていて疲れてしまう。だけど、海外に行くと環境がまったく変わるから、カムナビみたいな気性の荒い馬でも、おとなしくなったりするわけですよ。実際、ナカヤマフェスタも一度目にフランスへ行った時は、現地で素直に調教を受けていたといいますからね。 ――カムナビを調教する児玉(こだま)調教師の姿は、矢作先生からご覧になっていかがでしたか。 矢作 うーん。難しいな。児玉の性格ってあんまり描かれていないですよね。 馳 そうです。わざと抑えて書いています。馬に対する感情は生産者と厩務員に語らせたかったので。調教師とかジョッキーにまで語らせたら、ちょっとうるさいかなと思ったんですよ。 矢作 それでよかったと思いますね。僕は、極力自分の管理馬を愛さないようにしているんです。馬に対して感情移入しすぎちゃうと冷静な判断ができなくなる。周りからは馬に対して冷めているように見えると思うし、自分自身でも冷めた存在であろうとしています。 馳 馬に愛情をかけるのは現場スタッフの仕事。調教師の仕事は、馬の能力を見極めて、どのレースで使ってどう勝たせるかですもんね。馬を預けてもらわなきゃいけないから、馬主に営業したりする仕事もある。厩舎の運営は分業が当たり前だし、束ね役として調教師がいるんだから、そこは割り切るべきだと思いますね。 矢作 あと、「馬と言葉が通じたらいいのにね」ってよく言われるんですけど、僕は嫌ですね。調教師は絶対に文句しか言われないから(笑)。 馳 「何でこんなことさせんだよ!」「走りたくねえ!」ってね(笑)。