村上 隆 メン・オブ・ザ・イヤー・ベスト・アーティスト賞──現代美術のSHOGUN、そのたゆまぬ挑戦
8年ぶりの国内大規模個展、JP THE WAVYとのHIPHOPユニット結成、YouTubeチャンネルの開設。エンターテインメントを巻き込んだ鬼才の新境地。 【写真の記事を読む】8年ぶりの国内大規模個展、JP THE WAVYとのHIPHOPユニット結成、YouTubeチャンネルの開設。エンターテインメントを巻き込んだ鬼才の新境地。
技術的にもコンセプト的にも更新しつづける
中野ブロードウェイ。日本のサブカルチャーの専門店が所狭しと連なる地上10階建ての複合施設である。館内の案内図を頼りに指定された店へ向かう。鉄道模型や極彩色のフィギュアを横目に通路を進んでいくと、ネオンサインの花々が虹色に発光している一角に出くわす。その花の作者である現代美術作家がプロデュースする〈純喫茶ジンガロ〉だ。1990年代にアニメ、マンガ、キャラクターなどの日本のサブカルチャーをファインアートに導入し、欧米の既成の美意識を転覆させる概念「スーパーフラット」を打ち出して以来、栄枯盛衰の激しいアート界で巧みにサバイブを続けてきた村上隆。世界各国の美術館やギャラリーでの展覧会のための作品の制作に加えて、自社のカイカイキキギャラリーの運営やアニメ制作など常に多忙を極める村上だが、2024年は輪をかけてアクティブな年だった。ラッパーJP THE WAVYとのユニット〈MNNK Bro.〉の始動、韓国の人気グループNewJeansとのコラボレーション、そして京都市京セラ美術館での国内8年ぶりとなる大規模個展『村上隆 もののけ 京都』の開催。ところが、本人は「仕事量的には例年とそんなに変わらなかったです」とあっけらかんという。「でも、日本での露出度は多かったかもしれませんね。展覧会に誘導するためにYouTubeでのコラボも精力的にやりましたし」 総来場者数46万人を記録した『村上隆 もののけ 京都』展では、日本美術や京都の歴史・祭事に想を得た新作約160点を制作・発表した。これだけの数の新作を仕上げることができたのは、村上がマネジメントする約150名のスタッフが24時間体制で作業にあたる工房システムの賜物であろう。数ある新作のなかでも、村上がコロナ禍以降にたどり着いた「ある種の芸術概念の到達点」として挙げるのが、トレーディングカードだが、その中の『108フラワーズ』の人気キャラクター「朝ぼらけちゃん」などを絵画化したシリーズも展示されている。 「『朝ぼらけちゃん』は造形の原型をAIで生成しているんです。けど、それだけだとAIに学習させた元ネタの痕跡が残って、AIチェッカーに何%パクってますねと見抜かれてしまう。なので、痕跡を消すために絵の下手な若いイラストレーターにAIが生成したイメージを何度も描き直してもらいました。だから、ドンピシャからちょっとずつズレていて可愛くないんです(笑)」 生成AIは一部の新作制作にも使用されているが、工房に思わぬフィードバックをもたらした。 「AIを使っていたら僕も含めて、うちのスタッフみんな絵が上手くなってきたんです」と村上は語る。どういうことか。「まず僕がAIにスケッチを投げる。すると、60種類ほどの絵を出してくるので、良いと判断した要素を3つくらい選び、それをまたAIに入れる。それを何度も繰り返して最終的な絵に仕上げるわけです。で、それを見ている僕らの脳はそのプロセスを記憶しているんでしょうね、いつの間にか絵が上達しているんです。漫画家が模写をするのと同じようなトレーニングを脳みそが擬似体験しているんだと思います」 村上はコンピューターによる下図制作など、これまでも最先端のテクノロジーをいち早く作品制作に取り入れてきた。また、新しいメディアに対しても同様で、コロナ禍に隆盛したNFTアートにもいち早く参入し、成功を収めている。偽造不可な所有証明書付きのデジタルデータであるNFTは、その特性ゆえ実空間に飾ることはできない。しかしだからこそ概念=コンセプトを扱う現代美術と相性が良いのだと村上はいう。 “今はバブル前夜にあった日本の文化が最先端だと信じているんで” 「この前、母に頼まれてお墓をつくったんですけど、NFTと同じだなと思いました。お墓はいわば概念ですよね。物理的には骨と石があるだけ。墓参りをしたあと、家で母と話していると、ずっと亡くなった父の話をするんですよ。時々僕のことをお父さんって呼んだりして。推し活もそうだけど、人間はそうやって頭のなかで複数の異なるストーリーを同時に走らせているんです。メタバース的に。NFTは個人による概念そのもののやりとりに他ならない。その意味において、NFTはアートコレクションの本質だと考えています」 YouTubeが補完する“アーティストの総体” かねてから「芸術家の評価は作家の死後決まる」「自分は未来に向けて作品をつくっている」と発言してきた村上だが、歳を重ねるごとに未来に残す意識は大きくなっている。「僕今、死ぬ準備をしてるんで」と淡々という彼は今年、3つのYouTubeチャンネルを新たに立ち上げ、自身の生活に密着したドキュメンタリーから自身の会社「カイカイキキ」のスタッフたちの作業風景まで、これまであまり見せてこなかった作品制作の過程や裏側を公開した。だが、なぜ映像なのか。きっかけはMoMAで観たジャクソン・ポロックの映像だった。 「映像はほんの15分ほど。ポロックが絵を描いたり、山小屋の脇を歩いたりするたわいもない内容です。でも、それを観たあとで彼の絵を見ると、脳内で映像と絵がモンタージュされてすごく豊かな鑑賞になったんです。ということは、そういう情報があればあるほど、鑑賞者の絵を見る深度が深まるのかもしれない。そんな仮説もあって、記録を取り始めました。もちろんYouTubeが未来永劫あるとも限らないので、データはすべてディスクにも保存しているんですけど」 作品と作者─両者はふたつの異なる対象である。しかし、村上の体験が示唆するように、作家の情報が作品の見方を変えるのもまた事実。現代美術においても、今年に入りアーティストの外見が重視される傾向が出てきているのだという。 「容姿端麗なアーティストの作品が買われているんです。かれらのなかには整形している者も多い。今は生成AIのような技術の力を借りて前よりずっと短い時間で作品をつくれるので、その分、総体としての“アーティスト像づくり”に注力できるのかもしれないですね。アートの世界が、見た目が良い子が歌えるのが当たり前という音楽業界のようになってきたというか。その世界観からしたら、僕は演歌歌手みたいなものですよ(笑)」 そう謙遜する村上だが、アーティスト像の構築という観点から見れば、彼こそがその先駆者ではないだろうか。近年着用が増えている色とりどりのヘッドギアは、アンディ・ウォーホルの銀髪ウィッグのごとく作家自身をキャラクター化させる装置のようにも見える。 「僕は子どもの頃からビートたけしさんの大ファンで、腹巻きやかぶりものをしてテレビに出ているたけしさんの姿に憧れていたんです。でも映画祭に招待されたときはスーツを着ていた。それを見て、なんで腹巻きをしていかないのかなと思っていたんです。最近はそこまでフォーマルという感じでもないけど、昔はとくに。だから、それを実践しているわけです。なので、かぶりものはウォーホルというより日本文化の深掘りですね。この純喫茶もそうですけど、今はバブル前夜にあった日本の文化が最先端だと信じているんで」 「日本は今文化的に世界一ですよ」と力説する村上。来年はMNNK Bro.として日本語ラップの可能性を追求したアルバムの発表やドラマシリーズ『SHOGUN』のプロデューサーと協働する米クリーブランドでの展覧会が控えている。花ざかりに見えた今年の活躍は、ともすると満開前の七分咲きにすぎなかったのかもしれない。 Takashi Murakami 1962年生まれ、東京都出身。93年、東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。2001年、有限会社カイカイキキ設立。05年『リトルボーイ展』(ジャパン・ソサエティ、NY)にて全米評論家連盟ベストキュレーション賞受賞。16年、文化庁「第66回芸術選奨」文部科学大臣賞受賞。京都市京セラ美術館『村上隆 もののけ 京都』の来場者は46万人を突破し、同館の動員記録を更新した。 PHOTOGRAPHS BY YUSUKE ABE @ YARD STYLED BY CHERRY INTERVIEW BY JUN ISHIDA, SOGO HIRAIWA WORDS BY SOGO HIRAIWA