『源氏物語』藤壺に会いに行った源氏がなぜ朧月夜にちょっかいを?二人の関係はまるでアイドルとそのライブ後のファンのようで…
現在放送中のNHK大河ドラマ『光る君へ』。吉高由里子さん演じる主人公・紫式部が書き上げた『源氏物語』は、1000年以上にわたって人びとに愛されてきました。駒澤大学文学部の松井健児教授によると「『源氏物語』の登場人物の言葉に注目することで、紫式部がキャラクターの個性をいかに大切に、巧みに描き分けているかが実感できる」そうで――。そこで今回は、松井教授が源氏物語の原文から100の言葉を厳選した著書『美しい原文で読む-源氏物語の恋のことば100』より一部抜粋し、物語の魅力に迫ります。 【書影】厳選されたフレーズをたどるだけで、物語全体の流れがわかる!松井健児『美しい原文で読む-源氏物語の恋のことば100』 * * * * * * * ◆朧月夜の言葉 <巻名>花宴 <原文>朧月夜(おぼろづきよ)に似るものぞなき <現代語訳>朧月夜が最高だわ 朧月夜は右大臣の6番目の姫君です。 右大臣は朧月夜を、皇太子の妻にと目論んでいたこともあって、とても大切に育てられた姫君でした。 子供っぽさと、大人の女性の艶(つや)やかさをあわせ持った、とてもチャーミングな女性です。
◆春たけなわの宴 その日は、天皇主催の桜の宴(えん)が宮中で催され、華やかな行事が一日中くり広げられました。 宴の中心的な存在は、やはり源氏で、観衆を前にして舞った「春鴬囀(しゅんのうでん)」の舞姿は、それは見事なものでした。 またその日は、探韻(たんいん)がおこなわれました。 探韻は、紙に書かれた韻字を探り取り、その場で、その韻字を用いた漢詩を作り、声に出して帝に披露する催しです。 源氏の「春という文字をいただきました」という声が、美しく響きわたりました。 まさに春たけなわの宴にふさわしい催しでした。
◆朧月夜の表現 夜遅くに宴が終わったあと、源氏はひそかに後宮の殿舎(でんしゃ)を訪ねました。 目当ては恋い慕う藤壺(ふじつぼ)の宮でしたが、戸は固く閉じていました。ところが弘徽殿(こきでん)の戸は開いていたのです。 思わずなかに入った源氏は、闇のなかを、むこうからやってくる女性の気配を感じ取ります。その女性こそ、朧月夜の君でした。 朧月夜は若く美しい声で、「朧月夜に似るものぞなき」と口ずさみながら、近づいて来るのでした。 この言葉は、『大江千里集(おおえのちさとしゅう)』にある「春の夜(よ)の朧月夜にしくものぞなき」という和歌の一節に由来しています。 「しくもの」というのは「およぶもの」という意味で、この場合は、およぶものはない、最高だという意味になる、漢詩的な言いまわしです。 朧月夜はそれを女性らしく「似るものぞなき」と、やわらかに言いかえていたのですが、もとは漢詩的な表現です。
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