なぜ<最古の駅メロ>はJR豊後竹田駅で戦後間もない時期に流れたのか?「何時の電車で駅を通るから音楽をきかせて」との申し込みが届くほど評判になったワケ
列車の発着時に駅で流れるメロディー、いわゆる「駅メロ」。その多くは、時代背景や地域特性、駅が持つイメージなどによって選曲されています。一方でそうした駅メロに惹かれ、その魅力を著書『駅メロものがたり』(交通新聞社新書)にまとめたのが、自身が「乗り鉄」でもある昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員・藤澤志穂子さんです。藤澤さんによると、調べた限り、<最古の駅メロ>と思われるのは豊後竹田駅(豊後竹田市)の「荒城の月」だそうで――。 【写真】通行するたび「花」「荒城の月」などおなじみのメロディが流れる仕掛けが施された「廉太郎トンネル」 * * * * * * * ◆JR福島駅で甲子園の歌? 駅で列車が発着する際のメロディー、いわゆる「駅メロ」に魅せられて久しい。 最初のきっかけは、私が全国紙の支局長として秋田に赴任する際、東北新幹線で通過したJR福島駅で「栄冠は君に輝く」を耳にしたことだった。全国高等学校野球選手権大会の歌である。 「甲子園の歌がなぜ福島で?」。 その答えは、作曲した古関裕而(1909-1989)が福島市出身だったから。 東日本大震災からの復興の願いも込めて、「古関で街おこし」と考えた地元の青年会議所が、長男の正裕さんの協力も得て活動を始め、駅メロのみならず、古関と妻の金子との生涯を紹介するNHK朝の連続テレビ小説「エール」(2020)にまで結実させた。
◆<最古の駅メロ>は「荒城の月」だった 調べてみると<最古の駅メロ>は、大分県のJR豊後竹田駅(豊後竹田市)の「荒城の月」で、戦後間もない1951(昭和26)年であった。 夭折した天才作曲家、瀧廉太郎(1879-1903)がこの街に一時期、在住し、街に残る城跡を想って書いた曲とされ、市内には記念館もある。 キリシタン文化に鷹揚だったともされる地域で、廉太郎はクリスチャンでもあった。 2023年で没後120年、廉太郎への市民の尊敬の念は変わらない。竹田市は年間を通じ、廉太郎を記念した演奏会やコンクールを行い、なかでも「滝廉太郎記念全日本高校声楽コンクール」は、廉太郎の歌を歌う高校生が全国から集まり、同年で77回目を迎えた。
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