「がん治療中も快適な日常を」 医療用ウィッグ開発会社社長 堀江貴嘉さん まちかど人間録
糸を薄く織ったオーガニックコットンの生地に人の毛を一本ずつ植えたウィッグが、柔らかなフィット感とともに、生活に希望をもたらしてくれる。 抗がん剤治療などで髪が抜けた人の間でそんな評判が広がり、大阪市北区のベンチャー企業「テラスハートジャパン」の店には、同社の医療用ウィッグを試してみたいと思う人の訪問が絶えない。 「治療中でもおしゃれをして、快適な日常生活を送ってもらいたい」 堀江貴嘉社長(52)=同区=は、医療用ウィッグの開発にかける思いをそう表現する。16年前の平成20年に東京都内の毛髪関連企業を辞めて今の会社を起業した。前年に、チャレンジに踏み切る大きなきっかけがあった。 当時、白血病で髪が抜けた母親にウィッグを贈ろうとしたところ、看護師に強く止められた。 「合成繊維が肌に触れて出血したらどうするんですか!」 白血病患者の体内では血を止める血小板の数が少なくなっており、出血は命の危険を招きかねない。看護師からは、綿の帽子を贈るよう指摘されたが、「肌に優しい綿のウィッグがなぜ存在しないのか」。納得できない思いが、開発意欲をかき立てた。 確かに、植毛には生地が丈夫な合成繊維が最適だが、皮膚のバリア機能が低下した患者には刺激が強すぎる。天然繊維のオーガニックコットンの綿花で生地を織ってくれる業者を探し回ったが、断られる日々が続いた。 「相手方の利益を考えると、一定量を発注しなければならない。それらが壁となり交渉は難航した」と振り返る。 起業から数年がたったある日、思いを共有できる業者が見つかり、平成26年、医療用ウィッグの発売にこぎつけた。 「いつかどこかの会社が、こういうものを作ってくれるのを待っていたんです」。涙を流して感謝する客を前に、考えが間違っていなかったと改めて確信した。 その後も、頭皮の締め付けを防いでフィット感を維持し続けたり、生え際を目立たなくしたりといった改良を重ね、今では毎月数百人が新たに店を訪れている。 堀江さんによると、毛髪関連業界では、顧客を後回しに、利益追及に走る業者も少なくない。