本屋大賞作家・町田そのこ最新刊「人の痛みや隠していた思いにきがつく」物語 公園に現れた怪しげな老人の正体は(レビュー)
公園に怪しい老人が現れるようになった。ぼろぼろの服を着ていて、いつも仏頂面で何事かをノートに書いている。以前はこの町に住んでいて、犯罪歴があるらしい。 町田そのこ氏『わたしの知る花』(中央公論新社)は、そんな噂話から始まる。高校生の安珠は、彼氏の貴博がその老人をバカにしたことに強く反発する。確かに、信憑性のない噂で人を悪く言うのはよくない。だからって、危険かもしれない相手にわざわざ近寄っていくのはいかがなものか。少女の向こう見ずな行動が心配になるが、その好奇心は物語を大きく動かしていく。 老人は葛城平という名で、いろいろな事情から町を出て行ったのだと祖母が教えてくれた。だが、詳しいことは聞き出せない。安珠は平が描く絵に惹かれ、強引に距離を縮めていく。大切な幼なじみを傷つけてしまったことなど、悩みを聞いてもらうようになるのだが、平は自身のことを何も語らないまま、この世を去ってしまう。最後に会った時に手渡してくれたひまわり、遺されたノートに書かれていた物語と、挟まれた写真に写っていた人物……。謎が解けないままに主人公は交代し、様々な人物の証言によって、平の人生に何が起きたのかが明らかになっていく。 人は誰でも、簡単に語る事のできない過去や事情、親しい相手にも見せられない感情を持っているものだと思う。わかっているはずなのに、上っ面だけ見て知ったような気持ちになったり、相手の思いを勝手に決めつけて、距離をおいたり、傷つけてしまって後悔したことが、私にはある。平の人生に触れることにより、自分の近くにいる人の痛みや隠していた思いに気がつく登場人物たちに、自分を重ねずにいられなかった。著者は、どんな人物にも優しい光を当て、その心の奥を照らそうとする。その温かさに、心の中の凝り固まった部分が柔らかく解きほぐされていく気がした。
吉本ばなな氏『下町サイキック』(河出書房新社)の主人公・キヨカは、「気」の汚れが見えるという能力を生かして、近所にある自習室の「そうじ」をするアルバイトをしている中学生だ。自習室を運営している友おじさんは、家族でも親戚でもないけれどキヨカの理解者である。ある日、母と離婚して別の家で暮らしている父に、若い恋人ができたという噂が街に流れる。評判の美人だが「真っ黒い闇」を背負っている女性と関わったことで、父は心に大きなダメージを負ってしまうのだが……。 やってくる人たちが何かを共有できる自習室という場所があり、適度な距離感で自分を守ってくれる大人たちがいる街で、キヨカは成長していく。目に見えないけれど大切なことや、「不条理と理不尽」がまかり通るこの世の中で生きていくために必要な知恵が、随所に織り込まれた小説だ。忘れたくない言葉に、いくつも出会えた。 [レビュアー]高頭佐和子(書店員。本屋大賞実行委員) 都内書店にて文芸書を担当 協力:新潮社 新潮社 小説新潮 Book Bang編集部 新潮社
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