世界が注目したモードの祭典。そのドレスコードに秘められた意味とは?
世界のラグジュアリー人脈に通じ、社交界の裏事情にも詳しい謎の有閑マダム、カトリーヌ10世さんが、日本の男性諸氏が陥っている、ファッションと恋愛の無自覚・無意識の怠慢に覚醒を促し、読者を洗練へと導く連載です。今回のテーマは……。 カトリーヌ10世の「男たちよ目覚めなさい」
■ 「時間の庭」の深い意味に目覚めなさい
今年のメットガラ(※)のドレスコードは「時間の庭」でした。元ネタはJ.G.バラードの小説『時間の庭』というSFディストピア小説です。音楽やアートに囲まれる伯爵夫妻の美の砦が、遠方から近づいてくる野蛮な群衆に蹂躙されるという物語。伯爵は「時の花を摘む」ことで時間をわずかに戻すことはできるのですが、花の数にも限りがあり、最終的に美の砦が崩壊することは避けられません。 ドレスコードを設定した主催者アナ・ウィンターが意図したかどうかはわかりませんが、この物語は、メットガラに対する皮肉にもなっています。美と贅沢の砦にこもるセレブ階級が、環境破壊や戦争など、いずれ訪れる破壊を知りながら「時の花を摘む」、つまりドレスアップして楽しみ、少しだけ時間を戻しているという構図に見えてきますから。実際、当日はメットガラ会場に向かってパレスチナ連帯デモが行進していました。 ※「メットガラ」はニューヨークのメトロポリタン美術館のコスチューム・インスティテュート(メトロポリタン美術館服飾研究所)が毎年開催している展覧会のオープニングを飾るチャリティ・イベント。主催者はUS版『VOGUE』編集長のアナ・ウィンター。当日は世界中からセレブやファッションアイコンたちが集結する。今年は5月6日に開催された。
元ネタの物語をここまで読み込んだセレブがいたかと振り返ると、バルマンの「砂ドレス」を纏ったタイラでしょうか。手には砂時計を持ち、カラダの自由が利かないので階段では男性スタッフに抱えられて移動していました。タイムリミットがあることを知りつつ機能よりも美を優先するというアピールが、『時間の庭』を連想させました。ほかのセレブの多くは能天気に「庭」のイメージから花柄で贅を競っていました。 この物語は、人の一生のたとえ話として読むこともできますね。遠方からやってくる終焉にどう向き合うか? 「時の花を摘む」ことで少しだけ時間を戻し、「生きている」実感のある時間を延ばすことはできる。あなたにとっての「時の花」は何ですか? 私たちの一生も実は「時間の庭」であることに「目覚めなさい」。
● カトリーヌ10世
グローバル化が進む社交界事情にも通じる。密かな趣味は人間観察とコスプレ。好きな飲み物はモンラッシェ。日本ではほとんど知られていない、ある小国の女王とのウワサも!? 2024年8月号より
文/カトリーヌ10世 イラスト/ユリコフ・カワヒロ