足りないのはハマちゃんだ! 金のために高齢者を殴り殺す現実と「セックス&バイオレンス」に疲れ 北原みのり
また、突然チャイムを鳴らしては、「近くで作業している大工だが、おたくの屋根、問題あるよ」などと親切そうに語り、「結構です」と断ると、「放置しておくと大変なことになる、ちょっと見るよ」と家にあがってこようとする男たちがいるという(これは本当に多い!)。 実際、両親の暮らす地域では、ここ数年で高齢者の留守宅を狙った強盗事件が後を絶たず、貴金属や現金を盗まれた経験のあるご近所さんは、一人や二人じゃない。 私はこれまで「両親が詐欺にあう」「留守中に強盗に入られる」ことを心配していた。電話には注意してね、知らない人の訪問には注意してね、戸締まりは十分にしてね、留守にするときも電気をつけたままでねなどと話してはいたが、そんな心配をしていたことが、“昔は良かった”と感じてしまうくらいに、今、私は不安だ。 両親が見知らぬ男たちに殴られるのではないか、殺されるのではないか、戸締まりをいくらちゃんとしていても、暴走した人たちを止めるのは難しいのではないか。そんな不安を感じる社会になるなんて、少し前まで思いもしなかった。 でも考えてみれば……。幼児を殴り殺す大人が後を絶たない現実を、私たちは既に生きている。そんな社会では、金のために力のない高齢者を殴り殺すような事件が起きるのも、時間の問題だったのかもしれない。「それをやっちゃあおしまいよ」の境界線は悪いほうに更新され続け、今はもうそんな境界線自体がなくなってしまったのかもしれない。
話は変わるが、ドラマ「地面師たち」を観た。実際にあった地面師詐欺がベースになった物語だが、実際には起きなかった殺人が強烈な暴力シーンと共に描かれていた。多くの人から「すっごく面白かった!」と勧められて観たのだが、全話観た後に、ひたすら具合が悪くなってしまった。詐欺を肯定するつもりはないが、富を持たざる者たちが頭脳一つで鮮やかに(自分たちより圧倒的に強い)巨大企業をだますという日本版「オーシャンズ8」になり得ただろう物語が、セックス&バイオレンス&残酷な殺しの表現が強調されたことで、悪のてんこもりみたいなドラマになってしまった。 あまりに後味が悪かったので、「地面師たち」と真逆の価値観の日本語の作品を観てこの気分を薄めたい……と、何の気なしに選んだのが「釣りバカ日誌」だった(初めて観た)。そして、素直に感動した。日本のセックスシーンは全て「合体」で表現すればいいじゃん! とまで思った。物語に不必要な暴力的なセックスシーンなど気持ち悪いだけだし、人が残酷に殺されるシーンを「かっこよく」見せる表現物にも疲れた。 現実がとんでもない暴力に溢れているなかで、映像で見せるセックス&バイオレンス&殺人を、ただの悪質なファンタジーのように感じはじめている自分がいる。今の世の中に足りないのは、ハマちゃんだ! 超金持ちのお年寄りと楽しく釣りに行って馬鹿話ができる、優しい空気だ! そんな気持ちで「釣りバカ日誌」を一気に見ていたとき、西田敏行さんの訃報を知った。なんだかとんでもなく、大切な“価値観”を失ったような気持ちになる。
北原みのり