ヘイトクライム被害者は日本社会をどう見た? 差別を乗り越える「対話の力」
近年メディアで大きな問題として扱われることの多い「ヘイトスピーチ」、そして「ヘイトクライム」。表現の自由を大義名分として行われる差別的言動の数々だが、これらの問題には日本社会の「国語力崩壊」が関係しているのではないだろうか――。 前編【ヘイトに傾倒して放火犯に...「ネットを盲信した男」の驚きの犯行動機】につづいて、本記事では国語力崩壊が引き起こしたヘイトクライムの一例として、2022年にコリア学園学園で起きた放火事件に、ノンフィクション作家の石井光太氏が迫る。現場の取材から見えてきた「被害者たちの心情、そして事件後の受け止め方」とは。
「民族学校」から「インターナショナルスクールへ」...その歴史と変遷
2022年4月5日未明に起きたコリア国際学園放火事件。犯人・太刀川誠が起こした事件を、被害者の教師や生徒はどう受け止めたのかについて考えていきたい。 事件の舞台となったコリア国際学園が開校したのは、2008年4月のことだ。この学校の設立背景は、いわゆる民族学校のそれとは異なる。 一般的に、日本における在日韓国人・朝鮮人(以下「在日」)系の民族学校といえば、北朝鮮系の朝鮮学校と、韓国系の韓国学校が挙げられる。前者は在日朝鮮人からなる在日本朝鮮人総連合会(総連)が、後者は日本大韓民国民団(民団)が主体となって運営されており、どちらも授業は母語でなされ、民族教育が行われてきた。 かつて在日の人たちは、日本で生まれ育った子どもがコリアとしてのアイデンティティーを失わないように、日本の学校ではなく、民族学校へ通わせることが多かった。母語や文化を継承した上で、在日二世、三世として生きていってほしいと願っていたのだ。 しかし、時代の流れと共に在日の人たちの意識も次第に変わりだした。日本の学校に通って通名で生きていく方が何かと便利とか、今の時代に民族教育はさほど必要がないと考える人が増えたのだ。さらに、21世紀に入ってグローバル化と情報化の波が押し寄せてくると、より多様な文化や価値観を持つことが必要とされるようになった。 多くの在日の人々の目には、民族学校がこのような時代の流れについていけているようには映らなかった。総連や民団は両国の政治の影響下にあり、対話すらほとんど行われない。親にしてみれば、そうした学校にわが子を行かせるなら、先進的な教育を目指す国内外の一流校へ通わせたい望むのはやむをえないだろう。 こうしたこともあって、最盛期に全国に約160校で5万人強の生徒を有していた朝鮮学校は、現在は63校(6校休校)にまで減少、生徒数は10分の1になった。 コリア国際学園が生まれたのは、そうした時代の流れが一つの要因となっていた。新しい時代を担う子どもたちには、総連にも民団にも寄らない今の時代に合った民族教育を行い、グローバル人材へと育てる必要があるのではないか。こうした意見を持った人たちが作ったインターナショナルスクールがコリア国際学園だったのである。 現在、コリア国際学園には、中高合わせて約100名の生徒が通っている。在日の他にも、日本人、中国人、留学生などが在籍しており、寄宿舎にも20名ほどが暮らしている。 特にK-POP・エンターテイメントコースが設立された2021年以降は日本人の生徒が増加し、現在は全生徒の6割を占めるまでとなったという。このことからもわかる通り、コリア国際学園は民族系学校というより、インターナショナルスクールなのだ。