光のみで作るブラックホール「クーゲルブリッツ」は生成不可能
■クーゲルブリッツは理論的に生成不可能
Álvarez-Domínguez氏らの研究チームは、シュウィンガー効果を考慮してもクーゲルブリッツが生成可能であるのかを調べるための理論計算を行いました。クーゲルブリッツを生成するために必要なエネルギーの量は比較的単純に求められます。しかしこの理論計算で難しいのは、シュウィンガー効果によってエネルギーが逃げ出すスピードの計算です。 シュウィンガー効果で生成された電子や陽電子は、それ自体が新たな電場や磁場を与え、さらなるシュウィンガー効果を発生させます。この補正を求めるための計算が極めて複雑であることに難しさがあります。そこでÁlvarez-Domínguez氏らは、まずは大雑把な近似値を求めた後に、この近似値が妥当であるかを複数のアプローチで検討しました。 まず大雑把な近似値として、クーゲルブリッツを生成するために必要な電場の強度とエネルギー密度を算出しました。その結果、例えば半径1m以下のクーゲルブリッツを生成するためには、10の27乗ボルトの電圧(※4)と、1平方cmあたり10の79乗ワットものエネルギーの集中(※5)が必要であると分かりました。これほど極端な環境は、実験室はおろか、宇宙で起こる極端なエネルギー現象でさえ生み出すことができません。 さらに、これほど極端な環境を作り出せばシュウィンガー効果が発生するため、エネルギーが逃げ出してしまいます。Álvarez-Domínguez氏らは、クーゲルブリッツの半径を10のマイナス29乗mから10万km(10の8乗m)までの間で計算を行いました。すると、この範囲のどの大きさであっても、シュウィンガー効果によるエネルギーの漏れが多すぎるため、いくらエネルギーを投入してもそれ以上エネルギー密度が上がらない状態になることが分かりました。つまり、いくらエネルギーを投入しても、クーゲルブリッツは決して作ることができないということになります。 また、今回検討した範囲を外れていたとしても、クーゲルブリッツの生成は不可能であるようです。半径が10のマイナス29乗mより小さい場合、現状の物理学が破綻する長さの最小単位であるプランク長(約1.616×10のマイナス35乗m)に近づくため、精度の高い理論計算を行えません。また、現在の技術でレーザーを集中させることが可能な領域より、さらに数百億分の1以上も小さな領域となるため、実験室でも自然界でもこのような環境が生成される可能性はほぼないと言えます。 一方で半径が10万kmを超える場合は、シュウィンガー効果が無視できるほど小さくなるため、理論上は光のエネルギーのみでクーゲルブリッツを生成できます。しかしそれに必要なエネルギーの量は少なくとも10の53乗ジュールであり、クエーサーが数万年以上かけて放出するエネルギー量に匹敵します。数万年ではなく一瞬でこの量のエネルギーを放射し、1点に集中させる自然現象は知られていません(※6)。 これらのことから、Álvarez-Domínguez氏らは「光からブラックホールは生まれない(No black holes from light)」という強い表現を使ったタイトルの論文をPhysical Review Letters誌に投稿し、クーゲルブリッツを生成することは理論的に不可能であると結論付けています(※7)。