光のみで作るブラックホール「クーゲルブリッツ」は生成不可能
通常の「ブラックホール」は、狭い領域に質量を限界まで押し込むことで生成されます。しかし一般相対性理論では、質量がゼロである光(電磁波)のエネルギーを狭い領域に押し込めば、同じようにブラックホールができることが理論的に可能であると述べています。この光のみで作られたブラックホールを「クーゲルブリッツ(Kugelblitz)」と呼びます。その一方で、量子力学では、エネルギーを1点に集中させるとエネルギーが漏れだすような現象が発生することが予測されています。このため、実際にクーゲルブリッツが生成可能であるのかは不明でした。 マドリード・コンプルテンセ大学のÁlvaro Álvarez-Domínguez氏などの研究チームは、クーゲルブリッツが実験室や天文現象で作成され得るかについて検討をしました。その結果、光を集中させてクーゲルブリッツを生成することは理論的に不可能であることを示しました。残念ながら、実験室で強力なレーザーからクーゲルブリッツを作成し、ブラックホールの性質を研究することはできないようです。
■光のみで作るブラックホール「クーゲルブリッツ」
アインシュタインの一般相対性理論では、狭い領域に質量を限界まで押し込むと、光でも外へと逃げ出すことができない時空が生じると予言しています。このような時空の領域は、今日では「ブラックホール」としてよく知られています。現在の宇宙では、ブラックホールは太陽よりもずっと重い恒星の中心核が崩壊することで生成されます。 一方で一般相対性理論では、有名なE=mc^2の式で知られている通り、質量とエネルギーが等価であると述べています(※1)。簡単に言えば、エネルギーは質量の表し方の1つであると言えます。もしそうならば、「狭い領域に質量を押し込んでブラックホールが生成されるなら、狭い領域にエネルギーを押し込んでもブラックホールが生成されるはずだ」と言えるはずです。 物理学者のジョン・アーチボルト・ホイーラー(※2)は1950年代に、質量がゼロである光であっても、十分に集中させればブラックホールが生成されることを理論的に示しました。ホイーラーは1955年にこれを「ジオン(Geon)」と名付けましたが、現在ではジオンより前に提案されていた名称である「クーゲルブリッツ」と呼ばれるのが一般的です(※3)。これはドイツ語で「球電」を意味します。 クーゲルブリッツは、質量が無くてもブラックホールという強力な重力場が生成されるため、理論的に興味深いものです。しかし、従来のクーゲルブリッツに関する議論では、一般相対性理論がカバーしていない量子力学的効果が考慮されておらず、本当にクーゲルブリッツが生成可能かどうかについては議論がありました。 量子力学的効果の中でも、特に気になるのは「シュウィンガー効果(Schwinger effect)」と呼ばれる現象です。物理学者のジュリアン・シュウィンガーが1951年に提唱したこの現象では、十分に強い電場や磁場の下では、真空から電子と陽電子のペアが生成されると予言しています。 クーゲルブリッツを作るには、光のエネルギーを1点に集中させる必要がありますが、これは強い電場や磁場の環境を作ることとイコールであるため、シュウィンガー効果が発生すると予想されます。すると、発生した電子と陽電子のペアが外へと飛び出し、エネルギーを運び去ってしまいます。もしシュウィンガー効果が強すぎる場合には、いくらエネルギーを集中させようとしても、逃げるエネルギーの量が多すぎるために、クーゲルブリッツを作ることは不可能となってしまいます。