「諦めないでがんばろうって」五輪期間に能登の子供たちが独仏訪問。スポーツを通じた心からの交流と広がる支援の輪
7月下旬、ドイツのフライブルクにある小さな町クラブのサッカーグラウンドで、地元の子どもたちと日本の能登からやってきた中学生5人の笑顔がはじけてきた。 《パリオリンピック観戦へ被災地の子供たちを招待しよう》というボランティア企画で渡欧した子供たちだ。2024年1月1日、石川県能登地方で大きな地震が起き、多大な被害が出た。全壊した家も少なくない。住民の多くは避難所生活を余儀なくされ、いまも我慢の日々を過ごしている。 希望が必要だ。絶望を乗り越える希望の灯りが必要だ。そしてスポーツにはそのきっかけになる力がある。前述のボランティアグループは能登半島地震後もいち早く現地に入り、支援を続けている。国内外の被災地支援を続けて14年となる《ちょんまげ隊長ツンさん》の愛称で知られる角田寛和さんを中心に、特にサッカーのネットワークを使った震災復興支援活動を精力的に行なっている。数多くの支援を受けて、パリオリンピック招待企画は無事にゴーサインが出た。 そんな角田さんから共通の友人を介して僕のところに連絡があったのが6月の下旬。 「パリオリンピック観戦へ被災地の子供たちが現地の人たちと交流したり、被災地報告を行なえる場所を探しているが、オリンピック開催中とあって難しい。参加者はサッカーをしている子供たちがほとんどで、できたら現地の子供たちと一緒にサッカーをしたい。フライブルクでできませんか?」 パリとフライブルクは電車で3時間ちょっとの距離。意外に近い。すぐにグラウンド状況を確認するとうまく空いている。こちらの夏休みに入った後のタイミングだったので、クラブの子どもたちがどれくらい参加できるかは未知数だったが、12人集まってくれた。能登からの中学生が5人とスタッフが5人。それにうちの長男、次男と僕、そしてフライブルクでサッカーをする日本人の女の子も一人参戦してくれた。 最初はいくつかの小人数チームを作ってミニゲーム大会でもしようかと思ったけど、みんなのやる気がすごいので、急遽現地クラブのU15対能登ドリームスによる国際フレンドリーマッチが開催された。 途中からは選手を入れ替えて、両チームの強さを調整したり、気が付いたら休憩1回で90分間ずっとサッカーに夢中だった。好プレーがいろいろあった。激しい競り合いだってあった。心からの交流がいっぱいあった。 「思いっきりサッカーができて本当に楽しかったです!」 一人の子はそういって笑った。みんなとてもいい顔をしていた。久しぶりのサッカーを心から楽しんでいる様子だった。サッカー初めての子もいたけど、優しい空気感の中でボールを追って、ボールを蹴って、ハイタッチをして、みんなで笑顔でサッカーを楽しんだ。