『サンセット・サンライズ』、三陸の町が大好きになります【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.69】
とても爽やかな作品です。僕は試写会で見てむちゃくちゃ気に入って、帰りに原作小説(『サンセット・サンライズ』、楡周平著、講談社文庫)買って帰りましたよ。三陸を舞台にした架空の町、宇田濱(うだはま)に釣り好きの若者がやって来るんです。時代は近過去、コロナ禍の真っ只中です。今はけっこうバックラッシュも起きたりしてるけど、あの時期、ZOOM等のオンラインミーティングが定着して、リモートワークの流れが一気に来ましたよね。それまでは通勤地獄に耐え、都心のオフィスに出向かなきゃ会社の仕事ってできないと思い込んでいたけど、そうでもなかった。自宅でほとんどのことはできた。で、自宅で働くとなると部屋が手狭なんですよ。それまでは寝に帰るだけの場所だったから。通勤のことを考えなくてもよくて、安くて広い物件を求めるとなると「地方移住」というアイデアが浮上します。ワークとバケーションを合体させた造語で「ワーケーション」なんて言い方が生まれた。 ネットで格安物件(4LDK、家賃6万円!)を見つけて、宇田濱へやって来たのは西尾晋作(菅田将暉)です。東京の大企業勤務ですが、宇田濱に住んでリモートワークのかたわら大好きな釣りを楽しむつもりだ。役場の関野百香は晋作を空き家物件に案内するんだけど、彼が東京から来たと知って仰天します。コロナ禍のさなか、東京からの「人流」があったなんて知られたら町にパニックが広がりかねない。晋作は2週間、空き家物件で隔離されます。誰とも(なるべく)逢わず、こっそり釣りに行くときも顔を隠してソーシャルディスタンスを守る。 あぁ、そうだったなぁと思います。コロナ禍は日本人のなかに眠っていた「よそ者排除」の神経を呼び覚ましてしまった。まぁ、たぶん農業国だった経緯から「ウチ/ソト」の感覚が発達したのでしょう。共同体の規範から外れた者を「村八分」にしてみたり、あるいは『福田村事件』(23)で描かれたような差異(ソト)に対する攻撃性が発露したりするケースもある。コロナ禍の際は「よそ者ナンバー」のクルマが嫌がらせを受けましたね。「町から出て行け」と張り紙をされたり、ボディを釘かなにかで傷つけられたり。のど元過ぎれば何とやらで、今は遠い昔の出来事のように思ってますけど、ほんの数年前です。 僕が『サンセット・サンライズ』を気に入ったのは、ここがミソだと思うんです。「よそ者」の感覚。2週間の隔離やソーシャルディスタンスを経て、地元の人々と少しずつふれあい、宇田濱が好きになっていく「よそ者=晋作」に共感したんですね。僕もコロナ禍のなか、自分がどんなに「よそ者」か思い知らされて、とてもつらかった。僕はもう10年以上、ある地方都市へ取材を兼ねて定期的に出かけているんですけど、あの頃はどんな陰性証明を持っててもSNSで「無神経だ」と叩かれた。それからショックだったのはリベラルな立場を取ってるはずのミニシアターから「東京からの客お断り」の措置を食らったことでした。10年以上通って、知り合いも増えたつもりでいたけれど、やっぱり僕は厳然と「よそ者」だった。 晋作はなかなかちゃっかりした若者で宇田濱の人間関係のなかにするっと入っていく。屈託がなく、無防備・無邪気そのもの。誰に対しても好意を隠さない。この映画は食べものが美味しそうなんですよ。鮮度最高の海の幸がばんばん出て来る。晋作じゃなくても宇田濱が大好きになります。 だけど、宇田濱の人々の心のなかに(あるいは百香の心のなかに)どうしても入れない、入れてもらえない場所があるんです。「よそ者」は立ち入るのを躊躇してしまうようなデリケートな場所がある。それは宇田濱の皆も普段あんまり意識しない(なるべくなら考えないようにしてる)場所です。 もちろんそれは三陸だから東日本大震災の記憶ですよね。その悲しみに「よそ者」は立ち入れない。 ネタバレになっても困るから細部は端折りますけど、この映画はね、「よそ者」が宇田濱を好きだって言う映画です。しょうがないじゃん、入れなくても入れてもらえなくても好きなんだからしょうがないじゃん、全面的にこの町が好きなんだよ、好きだっていうことには一歩も退かないぜ。ここで新しい生き方を見つけたんだ、そういう感じです。僕はめちゃくちゃ共感した。試写会の帰りに小説買った。「よそ者」だって本気で好きなんだ。胸の奥にずっとあった思いです。 まぁ、映画も原作小説もうまくことが運び過ぎではあります。こんなにうまくいくことなんてたぶんないでしょう。逆に「よそ者」の本気だってどこまで貫けるものなのかも疑わしい。都会のヤツらは移り気だからなぁって言われるのがオチかもしれない。だから、これはファンタジーなんです。ファンタジーだけど真心のこもったファンタジーなんです。ご覧になった方は架空の町、宇田濱へ行きたくなりますよ。それは絶対です。 文:えのきどいちろう 1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido 『サンセット・サンライズ』 2025年1⽉17⽇(⾦)全国公開 配給︓ワーナー・ブラザース映画 Ⓒ楡周平/講談社 Ⓒ2024「サンセット・サンライズ」製作委員会
えのきどいちろう