「しつけのつもり…」子どもの心を殺す親たち、無自覚な「心理的虐待」の実態と防ぐ方法とは?
「虐待」と聞くと、身体的な暴力やネグレクトをイメージする人は多いかもしれません。しかし児童相談所の相談件数を見ると、一番多いのは「心理的虐待」です。フリーライターの姫野桂さんが上梓した『心理的虐待 ~子どもの心を殺す親たち~』(扶桑社)では、サバイバーや専門家に取材を行い、心理的虐待の実態や与える影響、防ぐ方法について書かれています。詳しくお話を伺いました。 <写真>「しつけのつもり…」子どもの心を殺す親たち、無自覚な「心理的虐待」の実態と防ぐ方法とは? ■実は一番多い「心理的虐待」 ――心理的虐待とはどのようなものでしょうか。 身体的虐待やネグレクトと異なり、目に見えない行為であることが特徴です。 たとえば、「あんたなんか産まなきゃよかった」「どっかに行ってしまえ」「そんなことするなんて、うちの子じゃない」など、子どもの存在を否定するような言葉をぶつけたり、「お兄ちゃんはできるのに、なんであなたはできないの」などときょうだい間で比較したり差別したりすること、したくない習い事を無理やりさせる、子どもの前で夫婦喧嘩をしたりDVしたりすることです。 児童相談所における虐待相談の内容別件数を見ると、令和4年度(※1)において、身体的虐待が49,464件(23.0%)、ネグレクトが34,872件(16.2%)、性的虐待が2,393件(1.1%)、心理的虐待が128,114件(59.6%)と、心理的虐待が一番多くを占めます。心理的虐待は平成25年度に身体的虐待より多くなり、以降、年々増加傾向です。 ――相談件数は多いものの、「虐待」という言葉から心理的虐待をイメージする人はまだ少数なように感じます。心理的虐待の理解のされにくさについて、どうお考えでしょうか。 洗脳されているような感じなので、自分で心理的虐待をされていると気づいていない人が多い傾向にあると、取材を通じて思いました。一人暮らしを始めたり、友達の家に遊びに行ったりして、「あれ、うちの親は違う」と初めて思うとお話している方が多かったです。 親も「しつけ」だと思って、やっていたりするので、子どもが子どものうちに気づくことは難しく、大人になってから違和感に気づいたり、体調不良が出てきたりする方が多いのだと思います。 ■心理的虐待は脳にダメージを与える ――心理的虐待を受けると、どのような影響があるのでしょうか。 本書では、福井大学子どものこころの発達研究センター教授の友田明美さんにお話を伺っているのですが、両親のケンカやDVを見せられた子どもの脳は、脳の視覚野が萎縮することが研究によってわかっています。そのことによって、うつ病や精神疾患にかかる確率が高くなるという研究結果も明らかになっています。実際に取材した心理的虐待サバイバーの方も、ほとんどの方が大人になって、うつ病や依存症など精神疾患を発症していました。 暴言を浴びせられていると、聴覚野が変形し、言葉の理解が難しくなったり、音が聞こえにくくなったりなどの影響もあります。 ――サバイバーの方へのインタビューでは、大人になってから不調が出てくる方が多いことが印象的でした。 私が取材をした体感ですと、実家にいたときは、日々心理的虐待の言動がある環境下で、病んでいる暇すらなかったので、一人暮らしを始め、緊張の糸がぷつっと切れたことで、心身の不調が現れてきた方が多かったです。 ――本書には「マルトリートメント」という言葉も出てきますが、心理的虐待とはどのような関係があるのでしょうか。 専門家の方は、大人から子どもへの不適切なかかわり方のことを「マルトリートメント」と呼んでいます。具体的には、心理的虐待に該当するような、言葉によって脅したり、無視をしたり、子どもの前で激しい夫婦喧嘩をするなどといったことです。 マルトリートメントに挙げられる出来事は、どの家庭でもあり得るような言動が多いです。ですが、日常的にこのような経験をしていると、子どもたちの脳がダメージを受けることがわかっています。 ■心理的虐待からの回復 ――心理的虐待からの回復について教えていただけますか。 専門の病院にかかって治療やカウンセリングを受けたり、相談できる相手を見つけて、日々つらい気持ちを打ち明けられたりすると、回復につながっていきます。 専門家の先生も、脳に傷ができても、神経細胞が死んだわけではないので、機能が復活することはよくあり、特に早い段階で適切な治療や支援を受けられると、回復するとおっしゃっていました。 ――心理的虐待に挙げられる行為は身近なことも多く、自分が心理的虐待を受けていたと気づいていない人もたくさんいるのではと感じました。 最近は、精神疾患についても世間で知られるようになったので、自分が精神的に不調を抱えていることに気づく人は増えていると思う一方、その根幹が心理的虐待だと気づいていない人は少なくないと感じます。 ――専門家の治療や支援を受ける手前の話として、サバイバーの方の体験談から、とれる対策についてどのようなことがあると思いますか。 物理的に親から離れて一人暮らしをしたり、自分からは親に連絡しなかったり、連絡や帰省はしても、必要以上には踏み込まなかったり、中には絶縁していたりと、何かしらの境界線を引いていらっしゃる方が多かったです。 親が新興宗教に入っていて、帰省するたびに、信者の人をパートナーとして勧めてくるので、適当に流しているという体験談を聞かせてくださる方もいました。 ――心理的虐待をしないためにできることを教えていただけますか。 まず、きょうだいがいる場合は、きょうだいの比較は絶対にNGです。 心理的虐待をしてしまう場合、親もいっぱいいっぱいなことが多いので、親自身のケアも必要です。親が相談できる相手がいるかもすごく重要になると思います。サバイバーの方で親になった方は、自分の子どもに手を上げそうになったり、ひどいことを言いそうになったときには、友達に話を聞いてもらうようにしているとおっしゃっていました。 ※後編に続きます。 ※1:こども家庭庁「令和4年度児童虐待相談対応件数(令和6年9月24日公表)」より 【プロフィール】 姫野桂(ひめの・けい) フリーライター。1987年生まれ。宮崎市出身。日本女子大学文学部日本文学科卒。大学時代は出版社でアルバイトをし、編集業務を学ぶ、。卒業後は一般企業に就職。25歳のときにライターに転身。現在は週刊誌やウェブなどで執筆中。専門は社会問題、生きづらさ。 著書に『私たちは生きづらさを抱えている 発達障害じゃない人に伝えたい当事者の本音』(イースト・プレス)、『生きづらさにまみれて」(晶文社)、『ルポ 高学歴発達障害』(ちくま新書)など。 インタビュー・文/雪代すみれ
雪代すみれ