「私は油彩の描き方が分からない」──ビープルが中国で開催中の大回顧展をレビュー
既存のアート界では異端作家の美術館展
ビープルは、アーティストとしての正当性をアート界からなかなか認められないでいる。2022年に彼がジャック・ハンリー・ギャラリーで初の個展を開催したときには、抗議のために同ギャラリーの所属をやめたアーティストがいたほどだ。その一方で、カステッロ・ディ・リヴォリ現代美術館(トリノ)の元館長であるキャロライン・クリストフ=バカルギエフや、サーペンタイン・ギャラリー(ロンドン)のアーティスティック・ディレクターで、徳基美術館のシニア・アーティスティック・アドバイザーを務めるハンス・ウルリッヒ・オブリストなど、ビープルを高く評価する大物もいる。クリストフ=バカルギエフは2022年に、《S.2122》の姉妹作品である《HUMAN ONE(ヒューマン・ワン)》(2021)の展示をカステッロ・ディ・リヴォリ美術館で行った。 こうした中で浮かび上がってくるのは、「ビープルは美術館での展覧会に値するアーティストなのか」という疑問だが、それに対する端的な答えはイエスだ。デジタルアーティストのDRIFTやレフィク・アナドルはそれぞれ、2018年にアムステルダム市立美術館、2022年にニューヨーク近代美術館(MoMA)での展覧会を実現した。ならば、ビープルも同じことができていいはずだ。 徳基グループが所有する広大な高級ショッピングモール、徳基広場の最上階にある徳基美術館は、US版ARTnewsのTOP 200 COLLECTORSに名を連ねるウー・ティエジュンによって2017年に設立された。「国境、文化、歴史、メディアを超越する」というミッションを掲げる同美術館のビープル展の入り口に着くと、来場者を歓迎するウーの声がスピーカーから流れてくる。そして、入館をためらっている人たちを誘うように美術館の中を覗ける窓の近くに置かれているのが、展覧会の目玉である《S.2122》(2023)だ。この作品は、気候変動によって海面が上昇したことで、高層の建物に住まざるを得なくなった状況を想定している。そのため、たとえば水面の高さを上げるなどのアップデートによって、進化を続けることができる。 この展覧会には、ビープルが生まれた1981年からキャリア初期のアナログな作品までを辿るセクションもあり、高校の美術部員が描いたようなイラストや、初めて使ったコンピュータであるインテル386 DOS、1990年代後半に使っていたiMacなどが展示されている。また、『ドニー・ダーコ』、『エターナル・サンシャイン』、『パルプ・フィクション』、『ファイト・クラブ』など、彼が影響を受けた映画の複製ポスター(本物のポスターは通関できず、中国に持ち込めなかったそうだ)とともに、ビープルが初期に制作していたショートフィルムが上映されている。 さらに奥へ進むと、「Everydays」シリーズの全作品を、デジタルウォール上でモザイクのように組み合わせた没入型の展示室がある(スクリーンは新しい作品が追加されるごとに更新される)。高速でスクロールされる作品が天井の鏡に映し出されるこの場所は、セルフィーを撮るのにぴったりだ。これを見たときには、クロード・モネやフィンセント・ファン・ゴッホなどをテーマにした超大型でインスタ映えする(そして一部の人たちには耐え難いと酷評されている)没入型の巡回展と比較せずにはいられなかった。